第5章 柱《弐》✔
「おいおいどうしたよ! それでも鬼かァ!? 一発も当たらねぇじゃねぇか!」
「くっ…ぐ、ぅッ」
「煉獄に鍛えて貰ったんじゃねぇのかよ!」
しかし相手は鍛え上げられた筋肉と、それに見合う十分な身体を持つ男。
蛍とはリーチの差がある。
それに加えて打撃力も瞬発力も、全てに歴然の差があった。
どんなに埋めようとしてもただ鬼であることだけで埋められるものではなく、蛍の体は一方的に天元の打撃の対象となった。
「女だからって容赦はしねぇからな!」
「っそ、んな気遣い要らない…!」
「はっ根性だけは一人前だ、なッ!」
天元の手が蛍の襟首を捕まえる。
そのまま繰り出された膝蹴りが、蛍の腹部を容赦なく下から強打した。
一気に競り上がる嘔吐感に堪らず膝をつく。
「ぅ…げはッ!」
「もう降参か? まだ一刻しか過ぎてねぇぞ」
「ごほッげほ…!」
「女ならもう少し色気ある声で鳴いて欲しいんだけどよ…どうせなら」
「ッ…」
呆れ混じりに呟いた天元の言葉に、肌がざわりと粟立つ。
同じような言葉を昔に、かけられた。
その男はどんな顔をしていただろうか。
思い出したくもない。
「…それより、一つ気になってる点があるんだが」
地面に伏せた蛍を見下ろしたまま、天元の目がつぶさに観察する。
しかし目的のものは見当たらない。
「お前、風鈴はどうした? こんだけ滅多打ちにされりゃ服に隠してても壊れるもんだ。ってのに、爆発一つ起きやしねぇ」
風に吹かれて、腰のベルトに下げた天元の風鈴がちりん、と微かな音色を生む。
しかし鳴るのは天元の風鈴ばかりで、その他の音色は生まれない。
柱の中で群を抜いて優れた聴覚を持つ天元だからこそ断言できた。
「身代わりだってのに身に付けてないたぁ、どういう了見だ?」
その問いにようやく蛍の顔が上がった。
強打され痣と内出血を残す顔で、それでもその目は山中に入る前と変わっていない。
「身代わりとは、言ったけど…必ず身に付けろとは、言わなかった」
「(…成程な…)あれを隠してしまえば、奪われることもない。か?」
ただしそこには大きな誤算がある。
とんだ間違いを犯したものだと、天元は鼻で笑った。