第5章 柱《弐》✔
灯り一つない山中の闇で、蛍は身を屈めていた。
草履を足に固定する箱紐(はこひも)をきつく結び直し、出来る限り瞬時に動けるようにする。
(これで良し。後は──)
腰を上げ、辺りを把握すべく見渡す。
ゴォッ!!!
咆哮のような轟音が響いたのは、その時だ。
慌てて夜空を見上げれば空が明るく輝く。
太陽のような光を放ち、空を駆け上がっていくのは巨大な一匹の虎だった。
その体は全て炎に包まれており、すぐに炎柱である杏寿郎と繋がる。
それが始まりの合図なのだろう。
山の上を旋回するようにして駆け巡った巨大な炎虎は、最後に今一度咆哮を上げると花火のように弾け散った。
ぱらぱらと炎の塵が、消え去りながら星屑のように落ちてくる。
「…綺麗」
思わず蛍が呟いたのは星屑の様だけではない。
猛々しい炎虎の躍動に魅せられたからだ。
空を明るく変えていた炎虎が消えると、再び暗闇が戻ってくる。
しかし先程とは空気が違う。
山中ともあって賑やかに聴こえていたはずの虫達のさざめきが消えていた。
ひっそりと息を呑むような静寂は、微かに恐怖を覚える程。
ちり ん
小さな音だった。
その音が風鈴のものだと理解した時、既に巨体は背後にあった。
咄嗟にその場から離れるように跳び退く。
「遅ぇな」
体が離れる前に、背後から唸る拳が蛍の脇腹に打ち込まれる。
ドッ!と鈍い音が響いて、いとも簡単に吹き飛ばされた。
「ぐ…っ」
「言っただろ、秒殺でやるってよ」
一打目から急所を狙われ、上手く体制が戻せない。
どうにかふらつきながらも立ち上がる蛍の俯いた視界に、天元の足が映り込む。
「それとも隠れる暇もなかったか?」
「…隠れる、つもりはない」
「へえ?」
「向かわないと、倒せない。なら、背を向ける意味がない」
「確かにな。その考え方だけは褒めてやる」
見上げれば案の定。派手な装飾を身に纏う、不敵に笑う鬼狩りの顔が見える。
一瞬怯みそうになった心を、拳を強く握り留めた。
「なら向かって来いよ!」
「ッ!」
大きく振り被り落ちてくる拳。
体を斜めに倒して避けると、蛍もまた地面を蹴り上げ拳を奮った。