第17章 初任務《弐》
建物の装飾一つ、零れ日の差し込む形一つ、自分が気にも止めないことに彼女は目を見張り、輝かせ、弾ませる。
儚くも目を釘付けにする、蛍火のように。
その視線の行く末を追っていたいと思った。
「──うん、」
ぱちりと瞬いた緋色が不意に和らぐ。
手袋越しでも伝わる掌の体温が、応えるように握り返した。
「それじゃあ、あの、お稲荷さんを近くで見てもいいですか…っ」
一転。思い出したようにそわそわと蛍が口にするは、時折石像として姿を見せていた伏見稲荷大社の顔。
稲荷神であるその使いは、身形は狐の姿をしているが狐ではない。
それでも蛍の興味を惹く程に愛嬌ある姿は、人々から「お稲荷さん」と呼ばれ親しまれている。
最初こそは出入口で咎めもしたが、杏寿郎は苦笑混じりに頷いた。
常に周りには気を巡らせている。
神聖なこの場で鬼の気配は感じられない。
せめて日が沈む前までは、蛍の好きにさせても問題はないだろう。
「常に周りへの警戒を忘れることがなければ。全集中の常中だ、できるか?」
「勿論! 既にやってます!」
「うむ、感心感心! ならば問題ない!」
先を歩いていた蛍の手を、今度は引くようにして杏寿郎はトンネルの先へと導いた。
稲荷山の頂上まで向かう道のりは長く、各所に鳥居のトンネルや神蹟(しんせき)が存在し広大な敷地を有している。
しかし鬼である蛍の体力ならば一度も躓くことなく、始終楽しげに山から眺め遂せる景色を楽しみ、人の賑わいに驚いていた。
昼間、外を闊歩していた時より元気に見えるのは落ちてきた日の所為か否か。
杏寿郎には図り兼ねたが、彼女が楽しんでいるならば何も言うまいと見守った。
「杏寿郎、杏寿郎っあそこ、人がいっぱい並んでる。あれ何? 参拝?」
「うん? ああ、似たようなものではあるが、通常の参拝とは少し違うな。あれは重軽石だ」
「おもかるいし…?」
道中に現れた奥社奉拝所(おくしゃほうはいしょ)へと赴けば、奥へと続く人だかりが見える。
何があるのかと興味深く蛍が目を追う先には、石で造られた灯籠が二つ、祀られるように置かれていた。