第17章 初任務《弐》
桃色の花弁を五枚重ねた花──赤八汐(あかやしお)。
それを掌に乗せて見つめるも、歪な気配は感じられない。
ただただ可憐に咲く花だ。
(…甘ったるい)
ただ一つ気になるのはその匂い。
文子の胃袋から出てきたというのに、酸味や悪臭は感じられない。
ただただ甘ったるい匂いが誘うように鼻先をくすぐる。
蜜に誘われる蝶のように顔を近付けすんと嗅げば、大きな手がやんわりと蛍と赤八汐とを遮った。
「嗅ぎ過ぎない方がいい。蜜の成分は通常の花より多いと胡蝶が言っていた。どう作用するのかわからない」
隣では、いつもの笑顔を消した杏寿郎が注意深く赤八汐を観察していた。
「でも、花から感染したりはしないんでしょ?」
「"人"であるならば。鬼である蛍にどう作用するのかは未知数だ」
「…血鬼術って、鬼相手にも有効なの?」
「そういう事例は過去に幾つも見られている。我ら鬼殺隊の呼吸の斬撃が、対剣士の鍛錬になるように。血鬼術も、対鬼に有効なものだと言えるはずだ」
「じゃあ…私の血鬼術も、鬼相手に利くってこと?」
疑問を蛍が口にすれば、向けられていた瞳が先へと行く末を変えた。
金環の双眸が見据える先は、白い石畳が延々と広がる広大な土地。
「その答えは、この先でわかるだろう」
頸を真上に上げれば、青い空に映える朱色の巨大な鳥居が二人を見下ろしている。
奥には立派な楼門(ろうもん)が、向かう人々を迎え入れていた。
此処は京の都でも名を馳せる大社の一つ。
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)である。
「おっきな本殿だねー…此処からでも見えるよ」
「人が多い分、鬼が出る危険性も増す。もう既に夕刻でもあるし」
「あ、お稲荷さんっ」
「む! 今は狐より鬼だぞ」
「ご、ごめん。つい」
「いや、まぁ稲荷神は狐でもないのだが…それはいい」
初詣にて赴いた神社でも、ここまで大きな鳥居も本殿もなかった。
蛍が目を奪われてしまうのも仕方のないことかもしれない。