第17章 初任務《弐》
「丁度今から一週間前のことです。直前までなんの症状も見られへんかったのに、夕刻、文子が急に嗚咽を繰り返すようになりまして…」
「花が、零れ落ちたんどす…うちの、口の中から」
薄暗い部屋の中には、一凛も花など見当たらないというのに、甘い匂いが充満していた。
甘ったるい、鬼の鼻にも突く匂いだ。
今まで様々な医者に診せたが、原因も治療法も見つからず。
発熱や眩暈などはなく、ただただ花を吐き続ける。
それが日に何度も続いたという。
「最初は一枚や二枚の花弁やったんです。それがどんどん日ぃ追うごとに吐く量も増え、比例するように文子の体も衰えていきました」
「ふむ…人の体から吐き出される花ならば、こちらでも調べたことがある。しかし特に有害な物質は発見されなかったと」
「ええ。どの医者もおんなじこと言うてました。せやけど私には、まるで花が文子の生気を吸い上げているように思えてならへんのです…っ」
「…お父はん…」
わなわなと体を震わす父に、娘の手が力無く寄り添う。
若い娘にしては、骨の浮いた老婆にも近い手だった。
(生気を吸う…鬼は人を喰らうけど、物質的ではないそれでも飢餓症状を抑えられるの? 血肉を喰らってないのに)
少なくとも蛍の影鬼にそんな能力はない。
また杏寿郎と体を重ねた後は飢餓も静まる傾向にはあるが、果たしてそれが抑制になっているかは定かではない。
果たして本当に鬼の仕業なのかと、蛍は疑問を抱いた。
「その吐き出した花は、保管していたりしますか?」
「いえ…気味悪うて、全て燃やしてます」
「例え処分せずとも、花は一日経てば跡形もなく消える。隊士の確かな情報だ」
問う蛍に、娘の父は頸を横に振り、続く杏寿郎も望みはないことを伝えた。
花に直に触れれば何かがわかるかとも思ったが、そう上手くはいかないらしい。
「では、病にかかった日は何をされていたのか。一日の行動をお聞かせ願えますか?」
「ええ…その日は、お父はんに頼まれてお使いに出ておりました。夕飯の材料の他に、不足しとった医薬品の補充を。行きつけのお店を回り、帰宅した次第どす」
「特に変わったことはなかった、と」
「そうどすな…あ。それともう一つ、お寺参りの方を」
「「お寺参り?」」