第5章 柱《弐》✔
弱き人を助けることは強く生まれた者の責務であり、責任を持って果たさなければならない使命なのだと。
それを決して忘れることなきように、と。
その母の思いを誓いに変えて、今まで生きてきた。
弱き者を助ける為。
鬼に喰われる人々を助ける為。
しかし彩千代蛍という鬼に出会い、鬼への根本の思いを改めさせられた。
今まで人を喰らう化け物としか思っていなかった鬼に対して、初めてその感情が湧いた。
人間は怖いと言って、常に距離を置いていた華奢な体。
それでも恐る恐るにでも触れて、杏寿郎は怖くないと伝えてきてくれた。
そこに化け物である認識など生まれなかった。
彼女もまた心を喰われた弱き者だったのだ。
(だから守らねば、と思ったのだろうか)
自問自答してみるも、その場で答えは出てこない。
「煉獄さん?」
黙り込んだ杏寿郎を蜜璃が呼ぶ。
静かにその視線を返すと、脳内の思考を切り替えた。
今はそんなことを考えている時ではない。
彼女の行く末を見ていなければならない。
「そろそろ時間だな」
懐中時計の針は、亥の刻を指し示そうとしている。
時計を懐にしまうと、前に踏み出した杏寿郎はすらりと刀を抜いた。
燃えるような赤い刀身に、炎の形をした鍔。
炎柱という名が誰よりも馴染むその男は、低く腰を落とすと体に棟(むね)を沿えて構えた。
すぅ、と息を吸い込む。
みしりと喉や手首の血管が、皮膚の上に浮かび上がる。
〝炎の呼吸──伍ノ型〟
暗い夜の空気の中で、赤い刀身が燃え滾(たぎ)る。
じりじりと熱さを増すその刃だけが、ぼうっと暗闇の中で光を放った。
斬り裂いたのは刹那。
「〝炎虎(えんこ)〟」
ゴォッ!!!
滾る炎が産声を上げる。
咆哮のような轟音で、獣の形をした炎が夜空を駆け上がった。
開始の合図だ。