第16章 初任務《壱》
瞳の金環が、更に丸くなる。
ぐ、と唇を噛み締めると、杏寿郎は頬を包む手に己の手を添えた。
「君は…甘えさせるのが、上手いな…」
「杏寿郎だから、甘えて欲しいの」
年端もいかない幼い頃は、そうでもなかった。
父にも母にも、心のままに甘えられた。
しかしやがては兄となり鬼殺隊を目指すようになると、気付けば素直に甘えられなくなった。
それが哀しかった訳ではない。
煉獄家の長男たるもの、そうあるべきだと自覚したからだ。
『杏寿郎』
母の最後の抱擁を受けたあの日も。腕を広げ名を呼ばれても、すぐには動けなかった。
果たしてその胸へ幼子のように飛び込んでいいものか、わからなかったからだ。
だからこそ。
「杏…?」
「……」
手繰り寄せるように、無言で杏寿郎の腕が蛍の体を掻き抱く。
今度こそは、迷わないように。
迎え入れたのは、先程の小さな少女の胸ではない。
柔らかな胸に顔を埋めれば、包むように細い腕に抱きしめられた。
温かく、優しい抱擁。
「…やっぱりちょっと、狭いね…息苦しかったら言って。また小さくなるから」
「いや、このままでいい。このままの君で」
抱きしめるのではなく、誰かに包まれるようにして抱きしめられたのは、いつぶりだろうか。
記憶を辿れば、やはりそれは母の面影だった。
「ここで眠りたい」
深く呼吸を繋げて目を瞑る。
静かに懇願する杏寿郎に、蛍は小さく頷くと、柔らかな髪に指を滑らせた。
ひと撫で、ふた撫で。
あやすように撫でる掌の感覚が心地良くて、自然と力が抜ける。
ほのかな夜の匂いに、肌を撫でる夏の夜風。
「よし、よし…」
囁くように紡ぐ愛しいひとの声は、愛情に満ち満ちていて。
(嗚呼──あたたかい、なぁ)
柔らかな微睡みの中で、気付けば笑っていた。