第16章 初任務《壱》
「──すぅ…」
深い静かな寝息。
そう、と見下ろせば、胸に顔を預けて穏やかな表情で眠る杏寿郎がそこにいた。
(寝落ちる瞬間、初めて見たかも…)
寝付きも寝起きも良い彼だが、目覚めの瞬間は見たことはあれど、寝付く瞬間を見たことはない。
珍しいものを見たと目を瞬いて、蛍もまた穏やかな笑みを浮かべた。
それだけ、この腕の中が安心できたということだろうか。
どんなに体を重ねようとも、自分は鬼である。
禰豆子のように睡眠を糧に、飢餓を抑えることはできない。
血を求め啜ることで初めて理性を保てる。
それを杏寿郎もよくよく理解しているはず。
それでも無防備に穏やかな寝顔を見せていてくれるこの時間が、どんなに特別なものなのか。
だから尚も顔は綻ぶのだ。
「おやすみなさい」
そうと小さく囁いて、頭に軽く触れるだけの口付けを。
深い眠りに落ちているのか、一向に起きる気配はない。
ガタタン、ゴトトンと車輪が呻る。
夜の闇を走り続ける夜行列車。
規則的な列車の揺れは、心地良く人の眠気を誘う。
今だけは、その響きが続きますようにと密かに願った。