第16章 初任務《壱》
ぴくりと、杏寿郎の指先が僅かに揺れる。
離すまいと強く抱いていた腕に、ほんの少しの緩和が生まれた。
それでも蛍は、愛おしげに目の前の頭を抱いたまま離れはしなかった。
「むりにはみないよ。きょうじゅろうがみせてもいいっておもえるまで、まつから」
「…思えなかったら?」
「そのときは、このふわっふわのにゃんこあたまをたんのうする」
「…俺はいつから猫になったんだ…」
「そうだねぇ。きょうじゅろうはねこというより、いぬみたいだよね。かんじょうにすなおだし…でもみためはねこかなぁ…うーん。でもこのほむらいろのもふもふかんは、ねこ…きつね…おおかみ…あ! あのえんこにもにてるかな。ほのおのこきゅうの」
小さな手がわしゃわしゃと、楽しげに焔色の髪を弄ぶ。
「む…随分と、楽しそうだな」
「たのしいよ。きょうじゅろうといっしょだから」
幼い声が華やかに弾む。
告げるその声に、暫しの沈黙を挟んで。
誘われるように、今度こそ杏寿郎の顔がゆっくりと上げられた。
上がり眉でもなく、下がり眉でもなく。僅かに寄せられた眉間に、視線は揺れるもこちらを向いている。
結んだ唇は仄かに口角を上げていたが、いつもの笑みとは明らかに違う。
喜とも哀ともはっきり取れないなんとも複雑な表情を浮かべた杏寿郎に、しかし蛍は目を細めて微笑んだ。
「うん。やっぱりなさけなくなんか、ないね」
「…俺は、どんな顔をしているだろうか」
「ひとのかお」
「いや、確かに人ではあるが」
「ことばにならないかんじょうがあって、かたちづくるものもことばにできなくて。でも、あふれるなにかがあって、それがきょうじゅろうのいちぶになって。おにじゃない、ひとがもてる〝こころ〟であふれてる」
ぺたりと、小さな掌が頬に触れる。
両手で包むというより添える形で、拙い声はひとつひとつ杏寿郎の心に色を灯した。
「だから、ひとのかお」
灯したところから、広がっていく。
まるで白黒の世界に、色を流し込んでいくかのように。