第16章 初任務《壱》
「仲間が指文字でお前の能力を示してくれていた。皆、体が思うさま動かない中で」
出血と共に赤く腫れ上がった両耳のまま、杏寿郎は鬼の唇の動きでその言葉を汲み取った。
鬼の頸を見下ろし、静かに告げる。
「断片的な情報だったが、俺には十分だった」
命を賭して尚、全ては次の命へと繋げる為。
その思いを託されたからこそ、己の身体機能を捨てることに躊躇はなかった。
「糞ッ! 糞ッ!! 儂はこれから十二鬼月に…!」
鬼の悲鳴と怒号は、鼓膜の破れた杏寿郎には届かなかった。
その声もまた最後まで形となることなく、塵となり空気に消えていく。
耳鳴りのような微かな振動だけを感じて、痛みを神経に伝えてくる。
音の消えた世界の中で、杏寿郎は静かに刀を鞘に戻した。
鬼の気配はもう感じられない。
滅すべきものは消え失せた。
すぅ、と呼吸を整える。
全集中により痛覚を鈍らせると、杏寿郎は真っ先に向かうべき者の所へと足を向けた。
「もう大丈夫だ! 悪しき鬼は倒した!」
「ひ…ッ」
唯一の生き残りである、剣士に抱かれた少女の下。
明るい声で投げ掛ければ、少女は小動物のように体を震わせ恐怖した。
「怖がることはない。俺は君を助けに来た者だ。さあ、おいで」
強い腕に抱かれていた。
最期まで少女を守ろうとした証なのだろう。
その遺体の腕を解き両腕を広げれば、幼い少女の目元に忽ちに大粒の涙が溢れ返った。
「うわぁああん!!」
堰を切ったように大きな泣き声が木霊する。
しがみ付くように抱き付いてくる幼い体を抱き止めて、優しく背を擦る。
「もう大丈夫だ!」
何度そう伝えようとも、少女は杏寿郎から離れようとしなかった。
幼くして酷い惨劇を目にしたのだ。無理もないと、杏寿郎は少女を引き離すことなく抱き上げた。
「君の無事を願っている者がいるはずだ。そこまで送ろう」
「ふえっきみ、ちゃ…ッたけくん…ッが、わぁああ!!」
少女の泣き喚く声は杏寿郎には届かない。
しかし体を震わせ嗚咽を漏らし何を叫んでいるのか。
体全体で咽び泣く様に、杏寿郎は眉尻を下げた。
少女が恐怖し哀しんでいるものは、己の思いと同じだと。