第16章 初任務《壱》
振るう日輪刀から噴き出す炎が、倒れた鬼殺隊の剣士達を飛び越え鬼を襲う。
読めていたかのようにひらりと上空に舞うと、老人らしかぬ動きで鬼は懐から何かを取り出した。
細長い筒のようなもの。
口元に添えて構える鬼に、それが笛だと悟った瞬間杏寿郎の体は既に動いていた。
ピィイイィイイィ!!
身を竦ませるような冷たい音が鳴り響く。
同時に両耳を勢いよく叩き付けるように両手で塞いだ杏寿郎の目に、映ったもの。
鬼の持つ血鬼術だろう、どろんと白い煙が舞う中から巨大な狼が姿を現した。
黒い毛皮に覆われ、しかしあらば骨は剥き出しに外部へと突き出している。
虎や獅子よりも巨大な体を持ち、牙を剥き出し杏寿郎へと呻り上げた。
「不自由なものよなぁ。刀を握ったままでは、完全に両耳を塞げぬ。両手で刀を持たねば、戦えぬ」
「……」
「…ほっ、微動だにせんな。気付いたようじゃの」
かこん、と鬼の下駄が石段に着地する。
両側に呻る狼を携え、耳を塞いだまま固まったように動かない杏寿郎にほくそ笑んだ。
「少しでも動こうとすれば、転倒して捥(もが)くしかないからのう」
それが鬼の持つ血鬼術だった。
「儂の笛の音は神経を狂わせる。足を動かそうと思えば頭が動き、手を動かそうと思えば足が動く。お前達人間が日々重ねてきた鍛錬も、儂の笛の音ひとつで全てが無駄」
嘲笑うかのように歪む口元に、再び笛が添えられる。
「ひっくり返された虫けらのように狼狽えておる内に、犬に喰われて死ぬとはのう」
ピィイィイイイ!!
再び不気味な笛が劈くように鳴く。
それを合図に、牙を剥いた獣が踊り狂うように突進した。
襲い来る狼を前にして、杏寿郎は未だ動かなかった。
その目は転がっているかつての同胞達に向けられたまま。
仰向けに、うつ伏せに、蹲るように。
どの剣士も子供を庇う片鱗を見せて、倒れている。
その顔を、その手を、その姿勢をつぶさに目に焼き付けて、杏寿郎は数刻前の出来事を思い起こした。