第16章 初任務《壱》
千寿郎のあの姿を見るのは、もう何度目だろうか。
人一倍努力をし、その分人一倍絶望もしている。
千寿郎の幼い手で握られた日輪刀は、幾度試してもその"色"を変えなかった。
代々炎の呼吸を担ってきた煉獄の家系でありながら、剣士としての才覚を持たなかった少年。
その身に伸し掛かる重圧は、一般隊士より分厚く重い。
「はっ兄上…!」
「うむ! 頑張っているな!!」
やがて小さな肩の震えを止め、ごしごしと腕で顔を拭う。
腰を上げ振り返った千寿郎はそこでようやく庭に下りて来ていた兄の姿に気付いた。
「全く気配に気付きませんでした…っ恥ずかしいです」
「何も恥ずかしいことはない! それだけ千寿郎は稽古に打ち込んでいたのだろう。素晴らしいことだ!」
赤面しながら駆け寄ってくる千寿郎に、杏寿郎は父の前では見せられなかった満面の笑みを浮かべ迎えた。
十にも満たない幼い身でありながら、実兄に尊敬の意を向け、日々一人で鍛錬に励んでいる。
例え兄以外の者に認められずとも、幾度も幾度も。
そんな弟のことを、杏寿郎は心から誇りに思っていた。
その思いを告げれば、羞恥だけではなく激しい鍛錬の末に顔を真っ赤にしていた千寿郎が、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。
褒められたことに純粋な喜びを見せる、年相応の幼い笑顔だ。
杏寿郎が鬼殺隊となり家を空けるようになると、家事炊事の一切はこの幼い少年が仕切るようになった。
いつも兄上、兄上と慕い後をついて来ていた少年が、気付けば一人で鍛錬に挑み、一人で作法を身に付け、一人でこの家を建て直そうと努力するようになった。
その志は、母の意志の強さを受け継いでいるようにも見える。
だからこそ兄である自分の前では、そうして素の笑顔を浮かべていて欲しいものだと思っていた。
「それで、兄上。その帯刀姿は、もしや…」
「ああ。俺はこれから初めての任務に向かう!」
「! 本当ですかっ」
最終選別を突破した後すぐ、対鬼用の隊服を配布された。
日輪刀は炎の呼吸を継ぐ煉獄家の為、最終選別前から特別に打ち与えられていたものだ。
それから程なくして、鎹鴉が一つの任務を杏寿郎の下へと運んできた。
杏寿郎自身も待ち望んでいた、鬼討伐の初任務である。