第16章 初任務《壱》
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「さて、寝るとしようか。おいで蛍」
「…やっぱり、いっしょにねるの?」
「元よりそのつもりだっただろう? もう取って喰ったりはしない。だから、おいで」
優しい声と共に片手を差し伸べられる。
太く凛々しい眉をそのままに、射抜くような瞳は優しい。
そんな顔であやすように呼ばれては抗う気など消えてしまう。
半ば己の負けを認めながら、幼い姿のまま蛍は杏寿郎の手を握った。
杏寿郎の予想通り瞬く間に乾いた袴を手に、再び個室車両へと戻った。
備え付けの寝台に二人で並んで寝れば、ふと思い出したように杏寿郎が懐から包み紙を取り出す。
「そうだ。この残りは蛍にあげよう。元々、君にと与えられたものだ」
甘い香りが蛍の鼻先をくすぐる。
最後尾の車両で出会った老婆に貰った鼈甲飴だ。
「きょうじゅろう、いっこしかたべてないよ?」
「一つで十分だ」
「でもわたし、たべられないのにもらっても…」
「だったら任務が終わった後にでも、誰かにあげるといい。甘露寺や蝶屋敷の少女や、蛍が仲良くしている女子は沢山いるだろう?」
「…よろこぶかな?」
「喜ぶとも。蛍がそうだったように」
穏やかな顔で笑う杏寿郎に、蛍は擬態を止めて元に戻した赤い瞳を丸くした。
幼子の姿であったとしても、菓子を差し出した老婆の行為は友好の証だ。
彼女にとって蛍は恐怖の対象である〝鬼〟としては映っていなかった。
鬼と化してからすぐに鬼殺隊本部の地を踏んだ為、大なり小なり異色の目を向けられてきた。
最初は蛍のことを鬼だと知らなかった隠の者達でさえも。
故に老婆の何気ない視線や言動は、蛍には驚きと新鮮さで溢れていた。
つい目で追ってしまう程に。
杏寿郎の目は、その些細な姿を見逃してはいなかった。
「…じゃあ…もらってもいい?」
「うむ!」
いそいそと大事に鼈甲飴を包み直す蛍に、杏寿郎の口元も穏やかな線を結ぶ。
列車が運ぶ夜風が窓の隙間から入り込み、そよそよと二人の肌や髪をほのかに撫でる。
狭くとも心地良い空間に、杏寿郎は横たわったまま肘を付いた手で頭を支え、空いた手を小さな少女の背に添えた。