第16章 初任務《壱》
「こ、ここ、れっしゃの、なか…ッ」
「ならば問題ない。先程様子を見たが、此処にいる者は皆夢の中だ。あの御尊老の方も行ってしまわれた」
どうにか問題を告げれば、あっさりと返す杏寿郎の目が辺りに向く。
車輪の走りに揺れ動く、快適な車両内は深夜ともあり眠気を誘う。
杏寿郎の言う通り、数少ない乗客は誰もが頭を俯け船を漕いでいた。
様子を見る暇などあったのかとも思ったが、瞬時にその場を把握する観察力は柱であるからこそだ。
「それに蛍のその顔を、他人に見せる気は生憎ない。ちゃんと死角になるようにしてある」
「そ…そういう、もんだい、じゃ…」
「そういう問題じゃないのか?」
「……」
きょとんと見下ろしてくる目は、そういう問題しか捉えていない。
思わず沈黙を作ると、蛍は改めて溜息と共に零した。
「さっきのおばあさんにも、そう、だよ…たしかにわたしは、いもうとじゃないけど。でもきょうじゅろうがへたにうたがわれたら、こまる」
「ふむ? 疑われるとは」
「こどものゆうかいはん。とかで」
「よもや」
獅子のような頭と射抜くような視線によく通る声を持つ杏寿郎は、身形から存在感から他者とは違い異色を放っている。
良くも悪くも目立つのだ。
鬼殺隊では誰もが杏寿郎のことを知っていた為に問題はなかったが、本部の外に出ればそうはいかない。
「しかしそれも問題ないな。俺が誘拐犯でないことは、蛍が証明してくれるだろう?」
「まぁ、それは」
「ならば解決だ!」
「…きょうじゅろうって、ほんとまえむきだよね」
「本音を口にしているだけだが?」
「それがまえむきだっていうの」
取り繕いをせず、己の心を真っ直ぐ口にできる者。
眩しいものを見るように目を細める蛍に、杏寿郎は頸を傾げた。
「よくはわからんが…君のことで変に誤魔化す気はないからな」
杏寿郎の指先が、ふっくらとした幼く柔らかい頬に触れる。
こうして触れられる程に、目の前の少女を傍に置いておけるこの現状が、普通ではないのだ。
迷い躊躇などしていたら、世のうねりに一匹の鬼など簡単に流されてしまう。
「言っただろう、どんな姿であれ蛍は蛍。俺がこの世でただ一人、慕う女性だ」