第16章 初任務《壱》
「……」
「…蛍?」
「え? なに?」
じぃっと老婆の背を追っていた目が、杏寿郎の問いかけに瞬く。
その様子を両の目で伺いながら「いや」と杏寿郎は笑った。
「何を貰ったんだ?」
「…べっこうあめ」
「ふむ、鼈甲飴か! あれは美味いな!」
「きょうじゅろうにもって。わたしはたべられないから…」
「では頂くとしよう!」
最後尾の車両は、個室ではなく誰しもが寛げる座席並びとなっている。
夜も遅く人もほとんど皆無な空間で、隅の席に腰を下ろすと、杏寿郎は蛍の差し出した包みを広げた。
琥珀色をした小さな彫刻のような鼈甲飴。
一つ手に取り口に運ぶと、口内に広がる砂糖の甘みに杏寿郎にも笑みが浮かぶ。
「とても甘いな!」
「どれくらい?」
「む? 蛍は食べたことがなかったか?」
「ううん。たべたことはあるけど…ちいさいころだし。どんなあじだったかなって」
杏寿郎の膝の上に座ったまま、じっと興味深く鼈甲飴を見つめる。
人と同じものを食べることはできないが、人の食事には何かと興味も持つ蛍。
そんな少女の姿に、杏寿郎の手が小さな顎に添えられた。
「蛍。口を開けてみなさい」
「? わたしはたべられないって…んぷ」
顔を上げた蛍の視界にかかる影に、重なる唇。
驚いて固まる蛍の口内へと、ぬるりと差し込まれた舌先が何かを押し当てた。
「ん、ふ…っ」
かちりと歯に当たるは先程の鼈甲飴。
唾液と共に絡む甘ったるい味。
後頭部は大きな手に捕まえられて、退くにも退けない。
「ん、ぅ」
「っふ…。味は、わかったか?」
「っな、ん…ッ」
互いの舌を行き来する飴は、程なくして杏寿郎が再び自身の口に閉じ込めた。
蛍に明け渡した甘い唾液も全て飲み込んで、鬼の喉には通らないように処理する。
時間にして長くはない。
しかし笑顔の杏寿郎とは裏腹に、蛍の顔は羞恥に染まり、ぱくぱくと言葉にならない口が開閉する。