第16章 初任務《壱》
「夜更けにそんな所に立っていると、足を踏み外しでもしたら危ないよ。お子さんも」
(…お子さん…)
「うむ! ご忠告ありがとう御座います!」
「あ。まって、まだはかまが…っ」
「問題ない。少し中で休んで、取りに来ればいいだろう」
多少引っ掛かる言葉は聞いたものの、それより折角特別仕様で作ってもらった袴の安否が気になる。
そんな蛍に対し杏寿郎は明るい顔で笑うと、老婆に一礼して最後尾の車両へと戻った。
「おやまぁ。よく見ると若いお兄さんだねぇ。お子さんじゃなく、妹さんだったかね」
(…妹さん…)
「いえ、彼女は妹ではありません。俺の大切な女性です」
「っきょうじゅろう、なにいって…っ」
「ほっほっそうかい、大切な人だったかい。可愛らしい女性だねぇ」
焦る蛍とは裏腹に、杏寿郎も老婆も朗らかに笑うばかりだ。
「珍しい身形をしていたものだから、変に心配してしまったよ。お嬢ちゃん、お名前は?」
「…いろちよ、ほたるです」
「はきはき喋れる子だねぇ。偉いねぇ」
(…なんだろう…激しく子供扱いされてる気がする)
見た目は子供なのだから当然のことだろうが、老婆は杏寿郎の主張も大事(おおごと)には捉えていないらしい。
それでも傍から見れば、大人の服を着せられた素足の子供。
心配して声をかけてくれたのだろう、その心中を察すると下手なことは言えなかった。
「手を出してごらん」
「?」
にこにこと皺を寄せた笑顔で催促され、言われるままに手を差し出す。
小さな掌に握らされたのは包み紙。
「きょうじゅろう君と一緒に、お食べなさいな」
白い包み紙の中から、ほんのりと漂う甘い匂い。
鬼の嗅覚でそれが何かすぐに理解した蛍は、取り落とさないように握り込んだ。
「ぁ、ありがとうございます」
「お礼もちゃんと言えるんだねぇ。偉いねぇ」
優しい手が、蛍の頭を触れる程度に撫でていく。
にこにこと始終笑みを浮かべながら去っていく老婆に、蛍は頭を下げるのも忘れて見送った。