第16章 初任務《壱》
ガタタン、ゴトトンと車輪が呻る。
個室車両で感じていた揺れよりも更に大きな音と振動。
髪を巻き上げる風は夏の夜には心地良く、蛍は幼いままの手で巻かれる髪を耳にかけながら振り返った。
「ここ、こんなことにつかってもいいの?」
「誰もいないしな! 問題ないだろう!」
夜行列車の最後尾。
扉を通り外に出れば、落ちないように柵が立て付けられた小さなテラスとなる場所に二人は立っていた。
列車の進む勢いで起こる風に、杏寿郎の夜にも映える髪も巻き上がる。
等しくばたばたと巻き上がっているのは、杏寿郎の手によって柵に括られている袴一式。
「夏夜とこの風の中であれば、すぐに乾くだろう! それも問題ない!」
「…よごしてしまったことが、まずもんだいだけどね」
「そこに返せる言葉はないな!」
寝台は汚れなかったものの、蛍の体に纏っていた袴は無事とは言い切れなかった。
汗と体液とで濡れてしまったそれを調達した水で洗い流し、今に至る。
「それより代えの服はないからな。暫く蛍も、そのままの姿でいてくれ」
「うん」
告げる杏寿郎の腕が、幼い蛍の体を軽々と抱き上げる。
杏寿郎の隊服の上着だけを着た心許ない姿だったが、小さな体では口元から膝小僧まですっぽりと覆われていた。
「あのはおりでもよかったけど…」
背中に〝滅〟と書かれた、鬼殺隊を主張する隊服。
それを自分が着るのはどこか忍びない。
その旨は心内だけで告げる蛍に、杏寿郎は笑顔のまま頸を横に振った。
「あれでは留め具がない分、心配だ。足元は寒いかもしれないが、俺がこうして抱いていよう」
「そんな、わるいよ」
「気にすることはない。君は羽毛のように軽いからな。それに、俺がこうしていたいんだ」
片腕に座らせるようにして抱いたまま、空いた手で風に乱れる蛍の髪を撫で付ける。
見開いたような大きな瞳が、柔らかく細まる。
愛おしげな視線を受けて、蛍は恥ずかしそうに隊服の襟に口元を埋めた。
「ちょいと、そこのお兄さんや」
「む?」
二人の空気を止めたのは、最後尾の扉を開けて顔を覗かせた老婆だった。