第16章 初任務《壱》
見守っている杏寿郎は始終笑顔だったが、その手は梯子へと伸ばしていない。
「俺は此処で寝よう」
「えっ」
再び長椅子に腰を下ろす杏寿郎に、思わず顔が上がる。
行冥や天元なら無理でも、杏寿郎の背丈なら入れるであろう広さはあるはずだ。
「し、師範が其処で寝るくらいなら私が…っ」
「そういう意味ではないから、気を遣わなくていい」
もしや任務中の就寝にしては気を緩ませ過ぎたかと焦りを覚えたが、そうでもないらしい。
「俺が此処にいたいだけだ」
笑顔で告げる杏寿郎の頭上の寝台には、大きな風呂敷が一つ。
荷物を下ろすことを迷っていた杏寿郎のこと、揺れの大きな足場に置くことを回避する為の選択だろう。
(それだけ大事な荷物なのかな…)
果たして何が入っているのか気にはなったが、それ以上に気にかかるのは杏寿郎の寝床。
一晩中椅子に座って寝ようものなら、疲れは取れない。
任務中だからこそ休める時は休んで欲しいと思うもの。
「…じゃあ、こっちで寝る?」
気付けば、そんな問いを投げていた。
意表を突かれたのは蛍だけではなかった。
同じにぽかんと丸くなる杏寿郎の目に、はっとする。
いくらなんでも、こんな狭い場所で二人一緒には寝られない。
「ごめん、変なこと言っ」
「いいのか!?」
「えっ」
てっきり無理だろうと笑われるかと思っていたが、まさか数秒も経たずに同意を求められるとは。
再び立ち上がった杏寿郎の目は、先程の蛍に負けず劣らず輝いていた。
「蛍がいいなら、邪魔をしてもいいだろうか!」
「え。いや、あの」
「蛍さえ良ければ!」
「……いいです、よ」
「ありがとう!」
杏寿郎が愛いと笑った気持ちが、わからなくもなかった。
子供のように無邪気な笑顔で問いかけられれば、相手が大人の男であっても可愛らしいと思えてしまう。
そこに否定など入れられようがない。
「でも二人で寝るには狭…本当に狭い!」
「うむ! 狭いな!」
なるべく体を縮めて場所を空けたものの、そこに滑り込んできた体は蛍より遥かに大きい。
壁側に追いやられ尚も感じる圧迫に、蛍は堪らず悲鳴を上げた。