第16章 初任務《壱》
「出発からずっと気になってはいたんだけど、なんか訊く雰囲気じゃなかったと言うか…訊きそびれたと言うか…」
「いずれはわかる!」
「いずれはって」
「必ず使用するものだ! その時になったら教えよう!」
「なんで今じゃ駄目なん」
「さぁ! 夕餉も湯浴みも出る前に終えた! 後は寝るだけだな!」
「あっ(話逸らした!)」
勢いに任せて立ち上がる杏寿郎に圧されるように、蛍も仰け反る。
そのまま長椅子に寝転がりでもするのかと見るも、杏寿郎の目は頭上の板張りに向いている。
「……」
「……」
「…杏寿郎?」
「む?」
「なんで上見て固まってるの? 寝るんじゃないの?」
「うむ! そうだが、その為にあの荷物を下ろすのもどうかと…」
「? なんで荷物を下ろす必要があるの?」
板張りの上は、荷物置き場ではないのか。
そう告げる目で頸を傾げる蛍に、そういえば初めてだったなと杏寿郎は頷き返した。
「あれは荷物用の棚ではなく、就寝用の台だ」
「えっあれが!?」
「うむ!」
「本当にっ? あれ、あんな所に横になって…え本当に?」
「その為に梯子が付いている。上って自分の目で見てみるといい」
荷台ではなく寝台であった棚と杏寿郎の顔を交互に見ながら、蛍は驚きを隠せないでいた。
とりあえずと促されるままに、窓際に設置された梯子を上ってみる。
そこから覗いた長い板には、柔らかで厚みのある敷き布が置かれていた。
枕と薄い掛布団も並べて置いてある様に、たちまちに蛍の目が再び輝く。
「わぁ…っ何これ凄いっ此処で寝るの? 寝ていいのっ?」
「ああ! この汽車は寝台列車だ。その為のものだから存分に活用するといい!」
大きく頷く杏寿郎に、喜び勇んで梯子を上ると、蛍は高鳴る胸を抱いて寝台にうつ伏せで横になった。
寝転んでみれば思った以上に寝台は広く、足を伸ばしても壁につくことはない。
天井は低く起き上がることはできないが、その狭い空間が未知なる世界に踏み込んでいるようで、逆に好奇心をそそる。
そうして楽し気に足を揺らしていた蛍は、ふと隣の寝台が空であることに気付いた。
「杏寿郎は寝ないの?」