第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「それではそろそろ出発するとしようか。汽車の乗車時刻に遅れてしまう!」
そうだ、夜行列車に乗るんだった。
先を促す杏寿郎に、改めて胡蝶達の前で頭を下げる。
「それじゃあ、えっと…」
こういう時、なんて言ったらいいのか。
鬼殺隊の隊士ではない自分が告げるべき言葉が思い付かなくて。
口篭っていれば、蜜璃ちゃんがぶんぶんと大きく手を振ってくれた。
「師範! 蛍ちゃん! いってらっしゃい!」
まるで抵抗なく入ってくる言葉に、はっとする。
この鬼殺隊本部に連れて来られてから数年。一度として外に出ることを望まれたことはなかった。
初詣でこの地を離れられたのも、柱全員の監視があったからこそ。
見送られるという形はなかった。
「お気を付けて、いってきて下さい」
「さっさと行ってさっさと戻って来い」
「うむ! では参ろう!」
でも今この場で送り出してくれている胡蝶や伊黒先生の前に、歩もうとする杏寿郎の先に、阻むものは何もない。
私の踏みしめる、この道にも。
「…じゃあ、」
見つめていた足元から、視線を外す。
蜜璃ちゃんのようにはできなかったけど、ほんの少しだけ片手を掲げて。
「いって、きます」
初めて、その一歩を踏み出した。