第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「なんで口紅なんモグ」
「しッ」
問おうとすれば、即座に口を手で塞がれた。
ちらちらと杏寿郎達を気にしている様子を見れば、悟られたくないらしい。
でもそんな態度をすれば逆効果かと…
「ははは! 甘露寺はいつも元気だな!」
「鬼相手だがな…」
「あら、伊黒さん。こんばんは」
でもなかった。
杏寿郎は爽快に笑っているし、一緒について来たんだろう伊黒先生に胡蝶は夜の挨拶をしてるし。
然程こちらを気にしてない。
気にしているのは、いつもの如くギラついた目で見てくる伊黒先生だけだ。
うん、そこも相変わらず。
「それで、なんで?」
伊黒先生が目を尖らせているのは、私がこの二つの大福に顔を預けているからだ。
背筋を伸ばして、きちんと自分の足で立って、蜜璃ちゃんの谷間から離れて再度問えば、きゅんと高鳴る音が…いや今胸きゅんする要素あった?
「だって煉獄さんとの初任務でしょ? つまり慕う殿方と二人だけの愛の旅路…っ」
いや。いやいや。愛の旅路て。
どこからどう見ても任務ですから。鬼討伐の。
「何かあってもいいように、女の子はしっかり準備しておかなくちゃっ」
何かって何。
…いややっぱり訊くのやめる。
「本当は化粧一式あげたかったんだけど、あんまり荷物になったら煉獄さんにバレちゃうから。これだけ、ね」
そう言ってぱちんと片目を瞑ると、ほくそ笑む蜜璃ちゃん。
まるで作戦が成功したようなちょっと茶目っ気ある笑顔が、とてもとても可愛くて。
なんだか色んなことに突っ込む気が失せた。
可愛いは正義だな…うん。可愛い。
「師範! 私の可愛い姉妹弟子をよろしくお願いしますね!」
「ああ! 任された!!」
ようやく声を上げて杏寿郎に語りかける。
可愛い可愛いと思っていた蜜璃ちゃんにそんなふうに言われると、なんだか少しくすぐったい。
義兄弟なんて大袈裟な括りでは呼べないけど、蜜璃ちゃんも、今はもう私には欠かせない大切なひとだ。
気付けばそんなひとが周りにいてくれるようになった。
杏寿郎に伝えられて、初めて気付けたこと。
……だったら、
「あの、伊黒先生」
「……なんだ」
一人、皆から離れて様子を見ていた伊黒先生に、自ら歩み寄る。