第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「でも痛い思いをしてるのは杏寿郎なのに…」
ただそれだけは見過ごせない。
注射器を使うよりも牙で傷付ける方が、絶対に痛いはず。
「これくらい痛みになど入らない。寧ろ俺と蛍だけの絆のようで、嬉しいが」
「…杏寿郎、自虐思考あるの?」
「よもや」
まじまじと見て問えば、笑顔のままぴしりと固まる。
いやだって。
「そういう意味じゃない」
困ったように笑いながら、杏寿郎の指が私の顎を持ち上げる。
近くにあった顔が視界に影を落として──あ。
唇が、重なる。
「ん…っ」
ぬるりと唇を割って入り込んでくる杏寿郎の舌。
もう出血は止まっているだろうけど、鬼である私の味覚なら敏感に傷口の微かな血の味を拾い上げることができる。
ついさっきまでの激しい接吻とは違う。
優しく口内を愛撫してくる舌先に、つい身を預けてしまう。
杏寿郎の血に酔っているからじゃない。
杏寿郎本人に酔い痴れているからだ。
「っふ…」
優しい愛撫の接吻の末に、唇が解放される。
離れる熱に名残惜しさを覚えれば、顎に触れていた杏寿郎の指が私の唇を撫でた。
「そういう顔が見られるのは、俺だけだと。そんな絆だ」
そういうって、どういう。
頭の隅でそんな疑問が浮かんだけれど、それ以上に目の前の杏寿郎から目が放せなくて。
優しい笑顔を浮かべているのに、瞳の奥底には灯火が宿っている。
杏寿郎のそんな顔もそんな欲も向けられるのは、自分だけだと思うと。
体がそわりと騒ぐ。
歓喜の震えか否か。
答えはわからなかったけど、わからなくてもよかった。
「ん、」
杏寿郎も同じなんだと、そうわかっただけで。
「なのでこれからもこうして血を提供してもいいだろうか!?」
その甘い雰囲気を吹き飛ばすかのように、いつものハツラツとした笑顔で声を上げる。
どこまでも杏寿郎らしさを忘れない姿に思わず笑ってしまった。