第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「他者を頼らず、自らの足で立ち、己と向き合う蛍の強さが俺は好きだ。だが好いた相手だからこそ頼って欲しいとも思う」
蛍が自ら俺を頼ってくれるまで、こんなことを口にする気はなかったが。
この際だ、腹を括ろう。
「伊黒とのことは蛍だけの問題ではない。二人の問題だろう?…我儘を言うならば、俺に頼って欲しかった」
何かを訴えるその目を見返して、何かを躊躇するその口元に触れる。
顔の輪郭を感じ取るように、片手で蛍の頬の体温をそっと撫でる。
「男ならば好いたひとの頼れる存在でありたい。…少し気取り過ぎな気もするが」
あれを見られていたのは正直恥ずかしいところもあるが、全ては俺の本音だ。
否定する気はない。
「君が無理のない範囲で構わないから、もし弱音を吐けるなら俺に──」
「っ」
先は言葉にならなかった。
頬に触れていただけの体温が、気付けば腕の中にあったからだ。
「気取ってなんかないよ…杏寿郎の言葉、ぜんぶ、嬉しかったから」
俺の腕の中に飛び込んできたまま、顔を埋めた蛍が囁く。
「杏寿郎は、杏寿郎のままでいいよ…大好き」
囁くような声が、愛を紡ぐ。
「私の弱いところも醜いところも、杏寿郎に触れて貰うだけで、なんだか綺麗になれる気がする」
「…前にも言っただろう。君は綺麗だ」
簡単に腕の中に閉じ込められる小さな体を、優しく包んだ。
蛍が知らないだけだ。
萎れず凛と咲く花のような姿勢も、影を纏い揺らぐ水面のような姿も、俺の目に焼き付いて記憶に刻む。
蛍しか持ち得ない強さと弱さだ。
そんな君が、一等美しいと思う。
「見ても、触れても」
胸に埋まっていた顔が、ゆっくりと上がる。
髪を梳いて撫でて、その手で顎を持ち上げて、静かに触れたのは唇の体温。
「君が笑うだけで、俺の世界は一等色付くんだ」
触れるだけの口吸いに感情のままの微笑みを乗せれば、蛍の訴えるような表情が初めて破顔した。
ほんの少しだけ、泣きそうな顔で。
「──私、も」
嗚呼。
その顔も好きだなぁ。