第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
ふと垣間見せる柔らかな表情。
照れ隠しのように目線を外すと、蛍は持っていた平鍋を掲げた。
「それで、もう一つのお鍋は?」
「む?」
「そっちは無事だったの? 杏寿郎が使っていた方の」
蛍の言い分は間違っていない。
しかしそこに違和感を覚えたのは、本来なら蛍が口にするはずであろう台詞ではなかったからだ。
何故なら。
「何故それがわかるんだ?」
「え?」
「その鍋は、伊黒が使っていたものだと伝えてはいないはずだが」
羽子板代わりに使用した鍋を、凹ませてしまったとだけ伝えただけだ。
なのに何故そうも当然のように言い切るのか。
疑問に感じて告げれば、蛍の顔がはっとしたように固まって──
「っ」
更に余所を向いた。
俺から顔を逸らして固まっている。
…よもや。
「…見ていたのか?」
「っ全部は見てない」
問えば、今度は勢いを付けて頭を下げてくる。
「大きな声で捲し立て合ってるのが聞こえたから、喧嘩してるのかと思って…でも違ったみたいだから全部は聞いてない。ごめんなさい」
「いや、怒ってなどいない。だから謝らないでくれ」
あれだけ声を張り合えば蛍の耳にも届くだろう。
ということは…
「聞かれてしまったのか」
小芭内とのやり取りを。
蛍は答えを明確に口にはしなかった。
しかしほのかな行灯の灯りに照らされた顔が、答えを物語っていた。
そろりと俺に向けられた目が何かを訴えるように見つめてくる。
僅かに下がる眉尻に、結ばれた唇。
何かを告げたそうで、告げられないような顔。
そんな顔を見ていれば、どこまで聞かれてしまったのか大方の予想はつく。
…参ったな。
「ここまで口にするのは無粋かと思っていたが…聞かれてしまったのなら仕方ない」
思わず諦めの苦笑を向けた。