第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「義兄弟かぁ…いいな、そういうの」
凹んだ鍋を見ながら呟く蛍の顔は、羨望混じるものだった。
「そうか?」
「私は、そういう相手いなかったから…」
「兄弟ならばいただろう。君には姉が」
「…そうだね」
それこそ血の繋がった唯一の姉がいたはずだ。
蛍が溝口少年に屋根の上で語って聞かせた、姉の最期の話。
聞く限り、蛍は彼女を心から慕っていたように思う。
「私には、姉さんしかいなかったから」
しかしその顔に明るさはない。
ぽつりと零れ落ちる声は微かなものだ。
蛍は病弱な姉の世話をしていたと言っていた。
今まで俺が聞いた話が全て事実であれば、人の時は姉の為に生き、そして鬼となってからも姉の為にその道を歩んでいる。
蛍を蛍たらしめて、足場を縫い付けているもの。
その領域に入れるものは姉以外には誰もいない。
大切な人であるのは変わりないだろう。
だがそれは一歩外れれば呪縛のようだ。
やはり小芭内と似ていると思った。
一族を自分の判断で死に追いやったことへの呪縛から、逃れられない彼自身と。
それでも、だ。
「いるだろう、他に」
「え?」
「兄弟ではなく義兄弟なら。蛍にとって姉妹弟子である甘露寺は、そうではないのか?」
「蜜璃ちゃんが?」
「そうだ。共に腕を磨き、技を競わせ、切磋琢磨しただろう」
小芭内と等しく、蛍を形作っているのは何も呪縛のような過去だけではない。
これから歩み、出会う人々もまた蛍を蛍たらしめる存在となる。
「今の君を作り上げているのは、君の姉だけではない。宇髄の奥方達や、猫子少女や、隠の者達や、蝶屋敷の少女達もそうだ」
最初こそ関わりを許された、柱だけではない。
様々な所で様々な人との関係を自ら繋いだからこそ、今の蛍がある。
「そして俺も君に出会って人生が変わった一人だ」
「人生、が?」
「うむ! 見えていなかったものを、見ようとしていなかったものを、教えて貰った。感謝している!」
拳を握って感謝を伝えれば、赤い瞳が丸くなる。
ぱちりと瞬いた後にはもう、そこに陰りはなかった。
「私も、だよ」