第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
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「羽根突き?」
「すまん…」
去る小芭内を見送った後。下手に言い訳をするよりも早々頭を下げるに限ると、割れた箸置きと凹んだ平鍋を両手に蛍の仕事部屋へと赴いた。
大量の書類を重ねた机の前で黙々と作業をしていた蛍は、俺の差し出した台所道具であったものを筆を止めて見つめていた。
光の差し込まない暗い部屋。
机の傍に置かれた行灯だけが、役割を放棄してしまった道具を照らし出す。
「つい夢中になってしまってだな…」
「……」
「伊黒は悪くない。俺が誘った。鍋はまだ代わりのものがあるし、それでも勝手が悪いようなら新しいものを用意しよう」
「……」
「箸置きは特に不便もないと思うが…いややはり新調するに限るな。うむ」
「……」
「…蛍?」
炊事のほとんどを蛍に任せている身。
いくら自分の所有物だとしても台所の権限は蛍にある。
だからこそ普段よりも格段に声を落として事の説明と謝罪をしたのだが、如何せん蛍から反応がない。
暗闇でも光る赤い鬼の目を丸くして、まじまじと使い物にならない鍋と箸置きを見ている。
よもや怒りを通り越して呆れさせたか。
恐る恐る名を呼べば、はたと気付いたように蛍の顔が上がった。
「あ、うん。大丈夫。お鍋なら他のもので代用が利くし。箸置きも予備はあるから」
「む。そ、そうか?」
「うん。問題ないよ。だからそんなに畏まらなくていいから」
そう言って笑顔を見せる蛍には微塵も怒りや呆れを感じない。
本当に気にした様子なく笑う姿に、ようやくほっと肩の力が抜けた。
「そっか、羽根突きしてたんだ…意外。杏寿郎と伊黒先生、そんなに仲良しだったんだね」
「昔、一時期だけ共に暮らしたことがある」
「そうなの? じゃあ二人は幼馴染みたいなもの?」
「義兄弟に近いな。幼いながらも共に鬼殺隊の剣士を目指して切磋琢磨した」
母上が病死したのもその直後だった為、すぐに小芭内は鬼殺隊に関与した者達に引き取られた。
振り返ればほんの束の間の出来事だったように思う。
それでも千寿郎もまだ物心のつかない年頃であった為、同じ目線で語れる年頃の、且つ鬼を知っている小芭内は俺にとって無二の存在だった。