第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「俺が君を義兄弟と呼ぶのは何故だ。甘露寺が君を慕うのは何故だ。鬼から救った人々が君に感謝し笑顔を向けるのは何故だ。君が君であるからだ。伊黒の名は関係ない」
「…買い被り過ぎだ。甘露寺は俺を慕ってなどいない」
「そうか? 彼女が食を共にする時、一層華やかに見えるのは君の隣にいる時のように思うのだが」
小芭内の為の言葉ではない。
事実、甘露寺の表情を一層豊かにしているのは、正反対に表情の乏しい彼だ。
それでも甘露寺の隣にいる時の小芭内は、誰よりも優しい目をする。
そんな君達を、俺が見逃すはずないだろう?
「蛍が君で、もし俺が甘露寺だったなら。君はどうする。君の全てを受け入れたいと申す女性がいたら、それでも不毛だと諭すか?」
「……」
「安易に自分を認められないことは知っている。しかし大切なひとの心まで、その重みで潰してくれるな。…それが俺からの頼みだ」
誰をも笑顔にできる、可憐な花そのもののような甘露寺なら、小芭内の足場を照らすことができるはずだ。
だからどうか背中ばかり向けないでくれ。
歩む道の先を見上げてくれ。
君を作り上げたのは、一族の血筋だけではない。
これから先の君を形作っていくのは、これから君が関わっていく人々なのだから。
「指示ではなく頼みか…杏寿郎らしいな」
口元を包帯で隠している為に、顔の半分は表情がわからない。
それでも確かにその色違いの瞳は柔く、俺を見つめた。
「お前の心構えは十分に知れた。今後、口は挟まない。…しかしあの鬼を認めた訳じゃない。ただその名を口にするお前が、呆れるくらい幸福そうに笑うから。その間は、許してやる」
「うむ! それでもいい!」
小芭内らしい返答だったが、その下に隠された思いは十分に感じ取れた。
君は昔からそうだった。
自分のことではなく、他人のことに気を配り思いを向けられる者だ。
だから甘露寺も、そんな小芭内を慕ったのだろう。
「ありがとう!」
「…それより、これは知らんからな」
意気込んで礼を言えば、地面にめり込んでいた駒を拾い上げた小芭内がそれを突き付けてきた。
激しい打撃により割れた箸置きと、中央が凹んだ平鍋を。
「お前が炊事担当なら、咎められることもないだろうが」
「…む」
…しまった。