第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「…杏寿郎」
「なんだ?」
「遊びにしては杜撰(ずさん)過ぎないか」
下の名で呼ぶ小芭内もまた、今は柱としてではなく昔の兄弟として向き合ってくれている。
はずだが、その表情は途方もなく呆れていた。
「そうか!? 昔もよく遊んだだろう! 羽根突きで!」
羽子板で羽根を打ち合う。
体を動かす遊びは、鍛錬の一環にもなる。
その為よく小芭内を誘っては遊んでいた。
「これは羽子板じゃない。そしてそれも羽根ではない。よってこれは羽根突きではない」
淡々と冷静に告げる小芭内の手が、カン!と俺の放った駒を打ち返す。
音はそれと同じものだ。
それでも小芭内の言う通り、これは羽子板でも羽根でもない。
「致し方ないだろう! 此処に羽根突き道具はないんだ!」
羽根の代わりにしている駒は、箸置き。
羽子板の代わりにしている板は、平鍋。
傍から見れば滑稽な姿に見えるかもしれないが、これは誰がなんと言おうと俺には羽根突きだ!
「道具がなんであれ、遊びは遊び。勝負は勝負! 敗者は勝者の指示に従う! 守ってもらうぞ!」
「フン。お前が俺に勝てたらな…!」
我が家に来たばかりの頃は、いつも塞ぎ込んでいて他者と関わろうとしなかった。
そんな小芭内を誘う為に、幼いながら俺が作った遊びの規則。
それが「負けた者は勝った者の言うことを一つ聞く」というものだった。
菓子類を譲ったりする囁かな命令だったが、それでも幼い俺達には十分楽しめるものだった。
途端に打ち込みに強さが増す小芭内に、負けじと平鍋を振るう。
「やる気だな! 俺に命じたいことがあるらしい!」
「無論。俺が勝てばあの鬼から手を退け!」
予想のしていなかった言葉に、一瞬気遅れした。
その隙を突くように、風を切り飛ぶ駒が屋敷の塀の向こうへと弧を描く。
しかし気遅れたのは一瞬だ。
すぐに腰を屈めて塀の上へと跳ぶと、体を捻り様に駒を弾き返した。
「それは聞けない話だな! 断る!!」
「っ…何故だ! お前は今まで女に現(うつつ)を抜かしたことなどなかっただろう! なのに何故よりによってあの鬼なんだ!」
放った駒はすぐ様打ち返された。
小芭内だからこそ放てる、蛇のようにうねる駒は最早ただの遊戯ではない。