第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「俺は俺のすべきことをしただけだ。煉獄は煉獄のすべきことをしろ」
振り返ることなく、微動だにせず。背を向けたままそれだけ告げると、今度こそ冨岡は去っていった。
…俺のすべきこと、か。
顔を上げる。
既にその場から消えた冨岡の気配は何処にもない。
今まで何度も声をかけたことはあったが、ようやく彼と本音を交えられたような気がした。
「うむ」
心は清々しい。
徐々に茜色に染まりつつある広い空を見上げて、帰りを待っているであろう蛍に想いを馳せる。
俺のすべきことがなんなのか。
冨岡に背を押して貰えた気がした。
──そうだ。
例え蛍が助けを求めずとも俺にできることはある。
俺だからこそ、できることが。
「久しいな、伊黒!」
「遅い。いつまで待たせる気だ」
「ははは! すまない!」
蛍に伝えられた通り、玄関口へ出向けば其処には訪問者がいた。
この屋敷内で見るには久しい顔だ。
「して、なんの用だ?」
「客人を上げもせずに要件を訊くのか。早急だな」
蛍には伊黒の訪問理由を知っていると告げたが、あれは口から出まかせだった。
蛍にあれこれと気遣わせない為に、咄嗟にそれを口にした。
急かしたつもりはなかったが、そう捉えられたのならば俺の力不足。
寧ろしっかり言葉を交えたいと思っていたというのに。
「まぁいい。要件は隊士達の新名簿だ。以前から欲しがっていただろう」
「わざわざその為に? 手間をかけるな!」
「旧名簿の回収も必要だ。鎹鴉だけでは一度に運べない」
「成程! ならば要件はそれだけか?」
「それだけだ」
「では手短に終わるものだな!」
告げれば、伊黒の眉間に皺が寄る。
「そんなに早く追い出したいなら──」
「折角だ! 久々に俺と手合わせをしないか!」
その口から不満が出ることはわかっていた。
皆まで聞く前に、先程から考えていたことを告げる。
「手合わせ?」
「うむ! 昔のように。俺と、小芭内の二人で」
「!」
共に柱となってからは、その名で呼ぶ場は限られるようになった。
故にその名で呼ぶ時は、共に柱という立場ではない。
昔の、二人だ。