第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
今まで優しい微笑みを浮かべていたが、今までとは違う笑顔を見せる。
開く口元に揺れる黒髪。
お館様にしては珍しい、動のある笑顔だ。
「その気持ちを忘れないでおくれ」
蛍と出会えたが為に、見つけられた想いだ。
お館様は蛍がなかったはずのものを見つけ出したと言ったが、それは俺も同じだった。
本来なら埋もれていた心。
重ならなかった心。
だからこそ何物にも代えられない唯一の心だ。
「御意!」
ぴしりと姿勢を正し、深く頭を下げる。
本日いの一番の声が出せた気がした。
お館様の屋敷敷地の薬医門(やくいもん)の前で、今一度頭を下げる。
来た時よりも心なしか軽くなったのは、足取りだけではない。
そのまま我が屋敷に一直線に帰るつもりだったが、背を向け歩き出した視線の先で一つの人影を見つけた。
髪型にも特徴はあるものの、それ以上に目を止めるのはその独特の羽織だ。
偶然か否か。
「冨岡! 奇遇だな!」
「…煉獄か」
擦れ違うように歩む道が重なったのは、水柱の冨岡だった。
「何処へ向かっているんだ? お館様の所か!」
「通り道だっただけだ」
「成程! して、何処へ」
「…煉獄には関係ない」
気の無い物言いで去ろうとする冨岡に、いつもなら雑談を望みはすれど、無理に引き止めはしない。
「待て。冨岡」
しかし今は、引き止めるだけの理由がある。
「少し話をしないか?」
お館様の下で、改めて実感した冨岡への感情。
そこに整理をつける為にも、彼とは一度話をせねばと思っていた。
「俺に話はない」
「そうか! しかし俺には話がある!」
「……」
口数の少ない冨岡のこと。
無言は了承と捉えて良いな!
「蛍のことだ」
その名を口にすれば、顔はこちらを向きはしなかったが、足は去ろうともしなかった。