第5章 柱《弐》✔
【ごめん】
「……」
咄嗟に黒板にその字を書き殴って掲げる。
じっとこちらを見ていた目が黒板を映していたかと思えば…ふいと、呆気なく逸らされた。
「文字遊びがしたいなら戻ってからにしろ」
文字遊びとな…それこそ子供のように思われてしまった…。
それ以上振り返ることのない気配を感じながら、再び黒板に視線を落とす。
散々悩んだ挙句、伝えられたのはこんな情けない謝罪一つ。
伝える術はあっても、それが届かなければ意味はない。
でもどうしたら相手に届くのかが、わからない。
「……」
カツ、カツ
真っ黒な黒板に、ぽつんと小さな言葉を綴る。
【あなたと 話がしたい】
何も知らないから、怖いんだと杏寿郎が教えてくれた。
現に何度も杏寿郎と言葉を重ねて、私の中から彼への恐怖は消え去った。
この人とも、言葉を交せばそんな変化は訪れるのだろうか。
それとも…知らなくてよかった一面まで知ってしまって、余計に溝は深まるのだろうか。
わからないけれど、ただ立っているだけじゃ私の足場は簡単に崩れてしまう。
だから無理矢理にでも前に進まないといけない。
その延長線上に、この人がいるのなら──
「……」
今一度、背中を見る。
書いた文字はそのままに、隠すようにして黒板を裏返して背を追った。
物理的な距離は簡単に縮められる。
でもこの人と私の間に、見えない溝はある。
そこを埋めようだなんて大それた思いはない。
ただ、溝を跨いだ向こう側からでも、この人の顔が視えればいいのに。
そんなことを微かに願った。