第5章 柱《弐》✔
でもいざ何か書こうとすれば、そこで手が止まってしまった。
何を書こう、というより、何を伝えよう、という問題で。
…とりあえず書くだけ書いてみるかな。
ゆっくりとチョークを黒板に走らせれば、カツカツと小さな音が鳴る。
おぉ…黒い板に、はっきりと白い文字が浮かぶ。
確かにこれは地面に書くより見易い。
そして紙とは違って、黒板にチョークで書いたものは消してまた新たに書き直せるんだとか。凄いなぁ。
【さっきは助けてくれて、ありがとう】
伊黒小芭内から助けてくれたことを、当たり障りなく会話の切り口として書いてみた。
でもこれを見せたところで「別に助けた訳じゃない」とか言われそうだしなぁ…。
【いつも送ってくれて、ありがとう】
…これも別に、私の為にしている訳じゃないし…自分の役目の為だろうし。
【おやかた様とちぎりをかわしてくれて、ありがとう】
だからこれも私の為じゃなさそうだし。
というかありがとう以外ないのかな自分!
一旦そこから離れよう!
【お風呂、きもちよかったよ】
違う! それもうただの感想!
訓練の感想でもない、ただ他人の家に遊びに行った子供の感想!
「…ふぐ」
駄目だ。まともな会話の切り口が思い付かない。
というかまともって何。
冨岡義勇相手にまともな会話の仕方ってあるの。
あったらぜひ教えて欲しい。
彼の興味を示すものって何。
頸? 私の頸の話でもすればいい?
鬼としての人生の感想とか?
いや何鬼の人生感想って。
いきなり赤の他人が自分の人生論とかし始めたら怖いでしょ。
や、蜜璃ちゃんみたいに自然に切り出せればいいけど。
というかそれができてたら、まずここで悩んでいない。
「…ふぐぅ…」
頭をあれこれ回転させ過ぎて、なんだか疲れた。
ごしごしと目の前の文字を全て腕で擦って消す。
「何してる」
ふと先程までなかった視線を感じて、慌てて顔を上げれば振り返ったその目と目が合った。
少し訝しげな表情を見せているところ、また歩くのが遅いとでも思われたんだろう。
しまった、考え込み過ぎてた。