第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
俺でも言われるまで記憶に薄れていたことを。
蛍はずっと憶えていてくれたのか。
「杏寿郎だからだよ。こうして手を繋いでいる人が、杏寿郎だから。だから、こうして笑って歩けるの」
夏の強い日差しの下で、傘の陰の中で微笑む蛍から目が逸らせない。
「でも蝶屋敷まで走って来るのは、流石に冷や冷やしたから。あんまり心配させないでね?」
少しだけ茶化すように付け足す蛍の表情や仕草一つが一つが、堪らなく、愛おしくて。
「…杏寿郎?」
「おいで、蛍」
驚かせないように、ゆっくりとその手を引き寄せた。
「傘は俺が持とう」
「でも、救急箱も持たせてるのに…」
「問題ない」
救急箱を持つ手で番傘を握り、蛍の手を引いて傍に寄せる。
片手が空いて一つ自由になる分、蛍の不安も削がれるだろう。
何より、己の身を焼く太陽の下でも俺だからと笑ってくれる蛍の、触れられる傍にいたくて。
「何もないよりは良いだろう。少し暑いかもしれないが」
常に己の肩にかけている、炎柱を象徴する羽織を脱いで蛍の頭にふわりとかける。
羽織は俺が着て丁度良い大きさのものだ。
蛍の頭にかければ簡単に足先まで、その全身を包み込んだ。
うむ。これならより安心だ。
「帰り着くまで、それを被っているといい」
「…ここまでしなくても…」
「蛍を心配させたのは俺だ。償いとして、何かさせて欲しい」
本心を告げれば、蛍はそれ以上断りを入れなかった。
羽織をすっぽりと被ったまま、俺の傍に身を寄せる。
「…この羽織、杏寿郎と一緒だ」
「俺と?」
「うん。おひさまの匂いが、する」
羽織に包まれたまま、尚も匂いを実感するように口元に片手で寄せる。
初夏の気候。普通なら暑苦しさを感じるだろうに、蛍はそれは嬉しそうに笑った。
俺の心に愛おしさを生む、蛍だけが魅せられるものだ。