第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
「杏寿郎が幼かった頃の記憶?」
「そうだな。歳を言えば六、七歳頃だろうか。もう今は久しく行っていないが。とても美しい思い出だった」
「……私も、見てみたいな」
「む?」
「その神幸祭。杏寿郎が体験したものを、私も体験してみたい」
「…しかし神幸祭は昼間行われる行事だ。人混みも混雑する中で、君を歩かせることは危険で…」
「いけない?」
繋いだ手が、微かに力を込める。
「杏寿郎との思い出を作れるなら、それくらいのこと。なんてことないよ」
眉を下げながら力無く笑う。
蛍のその身こそ、今は灼熱の太陽の下にあるというのに。
「…すまない。俺が軽率だった」
野暮なことを言わせてしまった。
「そうだな。その季節頃には、ぜひ連れて行こう。俺が好きなものを、蛍にも見て欲しい」
「うんっ」
その手をしかと握り返して笑えば、蛍の顔も和らぐ。
節分も終え、暑さを感じるようになった初夏。
この夏を過ぎれば、神幸祭の季節となる。
その時はぜひ蛍を連れて行きたいと思った。
あの、眩い世界に。
「しかし蛍も随分と陽光に慣れたな! 快晴の下、そのように歩ける鬼を俺は見たことがないぞ!」
「うーん…慣れた訳じゃないけどね」
「そうなのか?」
「うん。割としんどい」
「む!?」
そうなのかっ?
再び蛍が力無き笑みを見せるまで、その実態に気付かなかった。
普通に考えればわかることだが、幸福感で見逃していたのか。不甲斐ない…!
「すまん! 俺が気付いてやるべきことを」
「ううん。それ以上に、杏寿郎とこうして太陽の下を歩けることの方が嬉しいから」
「しかし」
「前に言ってくれたでしょ?」
「?」
「曇り空の下を、こうして並んで歩いた時。いざという時は盾となって守ろうって。あれ、嬉しかった」
それは、悲鳴嶼殿の持つ山へ初めて出向いた時のことだ。
初めて意図的に昼の空の下に身を置くことに、蛍は緊張と恐怖を抱いていた。
少しでも安心させる為に告げたものだが、己の言葉に偽りはなかったのも事実だ。