第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
初めて蛍を抱いた夜、俺を見上げる目に確かに恐怖は宿っていた。
しかし今こうして鈴を転がすような可憐さで笑う笑顔も、彼女の本心のものだ。
やはりあの時恐怖の対象として見ていたのは、俺自身ではない。俺越しに見ていた何かだ。
それが果たしてどんなものなのか、気にならない訳はない。
今朝方、蛍の体だけを求めて俺の熱をぶつけなかったのは、その恐怖の度合いを知る為だ。
異性の前で体を晒すことに怖がっているのか、それとも体を重ねることに怖がっているのか。
薄暗い部屋の中、俺の腕の中で艶やかに喘いで魅せた蛍の体は、初めて抱いた時程震えてはいなかった。
それでも纏う寝巻を崩す一瞬や、頸や目元などの急所に触れる一瞬、垣間見える恐れの色。
女性は男に比べて、心が傾かないと快楽に染まれないと聞いたことがある。
俺の手で感じてはくれていた。
ならばその恐怖は、蛍の体に根付くものなのだろう。
反射的に思い起こさせる程の何かが、彼女の身に起こったということだ。
「嘘だよ。二ヶ月も禁止にしたら、折角隠さん達に貰ったさつまいもを駄目にしちゃう。ちゃんと料理するから」
「それを聞いて安心した」
「本当に好きだよね、さつまいも。なんでそんなに好きなの?」
「俺の生家は代々炎柱の屋敷として受け継がれたもので、中々に広くてな。秋めくとただの庭掃除も重労働となる。落ち葉集めは俺の役目だった。そこを見越してか、よく母が芋を用意してくれて、父が落ち葉を使い焼いてくれた。その焼き芋が、とても美味しかったんだ」
いつか聞かせて貰えるだろうか。
俺がこうして、過去を話すように。
「その季節には、近場で神幸祭もあってだな。焼き芋片手に、よく家族で見に出掛けていた。それが気付けば毎年の楽しみになっていたんだ」
「へぇ…あ、だからさつまいもを食べると、わっしょいって言うの?」
「うむ! 祭で神輿を担ぎ精気を燃やす男達の姿が眩しくてな! 俺もよく掛け声を重ねていたらしい!」
「らしいって」
「父が話してくれた。昔のことだが」
あの頃は父上もよく笑顔を見せて俺の手を引いてくれた。
母上もまだ寝たきりではなく、赤子の千寿郎を抱いて共に行事を楽しんでくれていた。
神輿を飾る鳳凰のように、俺には眩い思い出だ。