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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔



「仲間であっても、相手は柱なんだから。喧嘩もただの喧嘩にはならないでしょ。気を付けて」

「…喧嘩をしたことを、咎めはしないのか?」

「喧嘩じゃなくて鍛錬だってさっき言ってなかったっけ?」

「む。」


 蝶屋敷で叱咤されたのは、手当てが甘かったからだ。
 今も傘の下から見てくる蛍の目は、心配はすれどそのことを怒ってはいない。


「まぁ、杏寿郎のことだから何か理由があって喧嘩したんでしょ? 無暗に暴力は振るわないだろうから。だから怒ってはいないよ」

「む…それはそうだが、」


 あれは喧嘩と言う名の鍛錬の一部のようなものだ。
 本気で柱三人がぶつかり合えば、竹林破壊だけの話ではなくなる。

 宇髄とは普段から手合わせをよくしていたし、不死川も鬼である蛍が絡むからこそ牙を剥いてくるが、本来は話せば通ずる相手だ。


「でも心配はしてる」


 それでもこれ以上の弁解をしなかったのは、傘の陰から見える赤い瞳が、不安に揺らいでいたからだ。

 鬼の目は幾度となく見てきた。
 時に見据え、時に睨み、時に軽蔑してきた。
 なのに蛍の目は、今まで見てきたどの鬼とも違う。
 人が持つ感情を宿し、訴えかける程の力を持っている。


「杏寿郎は人間なんだから。その痣だって、下手したら跡が残ってしまうかもしれない。そんなの嫌だよ…天元達に傷物にされるとか、そんなこと関係なくて。杏寿郎が傷付くのが、嫌なの」


 蛍の気持ちは、痛い程理解できた。

 この世は弱肉強食。
 常に喰われるのは弱き人々。
 彼らにばかり世界は牙を剥き、隙あらば命を喰らおうとする。

 蛍が鬼と化した経緯も、そうだったのかもしれない。
 抗う力もなく、世界の非情さに呑み込まれる人々を見るのは──嫌いだ。


「…そうか」


 なのに今俺の心を占めるのは、共感の思いだけではなかった。
 気の利いた言葉を返して、蛍のその不安を取り除けたらと願うのに。
 それ以上に胸が詰まる思いで、膨らんだ。

 大それた理由などない。
 ただ俺が傷付くのが嫌だと、その為に声も荒げてくれる蛍の思いに、心に、なんとも言えない感情が膨らんだからだ。

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