第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
腕の中にあった温もりが離れる。
温もりの痕跡が消えてしまう前に、気付けば肩を掴んでいた。
体重をかけるようにして上から被されば、ぽすりと呆気なく布団の上に落ちる蛍の体。
「…杏寿郎?」
鬼でありながら、無防備に俺の前では体を晒す。
その様がなんとも愛おしい。
「だが今一番食べたいものは目の前にある」
「……え。」
己の気持ちを正直に伝えれば、赤い瞳が丸くなったのは一瞬。
すぐに事を理解した蛍の顔に、さっと紅が差した。
「ま、待って杏寿郎っもう朝で」
「まだ早朝だ。時間ならある」
「いきなり何…っ」
「いきなりと思うか? 昨夜はこうして触れさせてくれなかっただろう」
布団の中へは誘ったが、その体を求めはしなかった。
遅くまで師弟として鍛錬をした日は、いつもそうだ。
早々と無防備に俺の腕の中で眠る蛍に、その気は微塵もない。
そこになんとなく手は出し難くて、いつも踏み込めずにいた。
本当はもっと触れていたい。
俺しか知らない蛍の姿を、見ていたいと思う。
「だ、駄目だよ。ただでさえ最近鍛錬続きで睡眠不足なのに…」
しかし蛍が常に心配するのは、己ではなく人である俺のこと。
「言っておくが、蛍の師となる前から徹夜続きで任務をこなすこともあったぞ? 柱の体力を甘く見ないことだ」
「甘くなんか、心配して…っん」
知っている。
蛍が俺のことを気遣っていることは。そんな心配は無用だと言う代わりに、蛍の襟合わせを開いた胸元に、顔を寄せた。
俺が陽だまりの匂いとするならば、蛍は夜の匂いだ。
静かな夜の暗がりでこそ感じる、草や根や水の中に息衝く自然の匂い。
そこにほんのりと混じる血の香り。
嫌悪はない。
蛍が生きてきた道を思えば、当然の匂いだ。
しかしそこに体を重ねれば、途端に匂いは変わる。
甘く誘う蜜のように。
惹かれるがまま柔い谷間に顔を埋めて、薄い皮膚となる乳房の周りに口付けを落とす。
胸の頂へとゆっくり舌を這わせていけば、蛍の指先が俺の髪へと絡んだ。
押し付けもせず、引き離しもせず。
蛍自身、迷っているのだろう。