第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
愛しいひとを陽の光の下で見たことはない。
実際にはあれど、彼女は常に陰の下に身を隠す。
「…おはよう、蛍」
「おはよう、杏寿郎」
薄暗い部屋の中。
光を一切遮断する空間の中で目覚めて最初に見つけるものは、鮮やかな〝赤〟だ。
暗闇の中でも猫の眼のように揺らめき光る、鬼の瞳。
なのに俺の心を捉えて離さない、蛍だけが持つ瞳だ。
縦に割れた瞳孔は人成らざるもの。
なのにその目を細めて笑う彼女の笑みには、いつも目を奪われる。
「君はいつも起きるのが早いな」
「杏寿郎だって十分に早いと思うけど」
「君の寝顔を見ていたいんだが。いつも堪能できずに終わるだろう」
「堪能しなくていいよ…」
その瞳を閉じて無防備に寝ている様は、数える程しか見たことがない。
一度でいいから、思う存分その寝顔を堪能して迎える朝を感じたいものだ。
そう伝えれば蛍の声が力なく萎む。
薄暗い部屋でもわかる。恥ずかしそうに身を捩り、目を逸らすその姿が。
羞恥心を隠すように、蛍の顔が布団の中の俺の胸に埋まる。
すぅ、と深呼吸。
蛍曰く、俺からは陽だまりのような匂いがするのだとか。
鬼を滅する仕事をしている以上、血生臭さとは無縁でいられない気もするのだが…蛍には違うらしい。
「んー…よしっ杏寿郎。朝ご飯、何食べたい?」
「む? 希望のものを作ってくれるのか?」
「材料があればね」
「そうだな。ではさつまいもの味噌汁と、この間の浅漬けの野菜盛りが美味かった!」
蛍が作ってくれるものならなんでも美味いが、この間漬けてみたと出してくれた野菜の付け合わせが箸が止まらなくなる程に美味かった。
それがまた食べたいと告げれば、くすくすと笑われる。
「浅漬けね。でも前みたいに種類はないから、野菜盛りはできないけど…まだ漬けてた分があったはず」
俺から離れて身を起こす。
肌蹴た寝巻の隙間から覗く、柔らかな蛍の身体。
手早く髪の毛をまとめるようにあげる指の隙間から落ちる、さらりとした後れ毛。
無防備に晒されるうなじに、胸元に、腿。
そんな一つ一つの何気ない動作に、簡単に俺の意識は奪われる。