第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
無言で廊下をひた歩く。
自分の主張すら聞いて貰えないことが、こんなにも哀しいなんて。
前はそれが当たり前だったのに…杏寿郎の優しさに慣れ過ぎたのかな…。
…いや。
伊黒先生は、一度私を受け入れてくれた。
柱合会議で、満場一致で私の延命を望んでくれたから。
だからこそ今更元に戻ったような扱いをされることがこんなにも哀しいんだ。
どうしたら、いいんだろう。
「──蛍」
俯いて歩いていた所為か。
伊黒先生のことを考えていた所為か。
捜していたはずの杏寿郎に後ろから声をかけられて、足が止まった。
いけない、通り過ぎてたっ?
「あ、杏寿郎! 伊黒せ…伊黒さんが、訪問に来ていて。杏寿郎に用事があるって」
「うむ。承知した」
慌てて伊黒先生の訪問を伝えれば、杏寿郎の足は玄関…へは向かず。
私の真正面に立ってじっとこっちを…何?
「? 伊黒さんは玄関先にいるけど…」
「…少し君の顔色が気になってな」
頬に軽く触れる、杏寿郎の指先。
ぴくりと肌が張って、いけないと気を引き締めた。変な顔してたのかな。
「何かあったのか?」
…やっぱり変な顔してたみたいだ。
杏寿郎が気遣う程には。
「ううん、何も」
気を引き締めて、口角を上げて頸を横に振る。
さっきのことを杏寿郎に告げ口なんてしたら、伊黒先生との仲が悪化するようにしか思えない。
私自身、それは望んでいないから。
これは私と伊黒先生との間のことだから、私がどうにかしないと。
「それよりほら、伊黒さんを待たせたら怒られるよ。私お茶淹れてくるから、客間に案内してあげて」
「いや、茶はいい。内容はわかっている」
「そうなの?」
「ああ。すぐ終わる話だ。蛍は自身の仕事をしていなさい。客間は陽の当たる部屋でもあるし」
今は太陽が顔を出している昼間。
襖を閉めれば日光も遮断できるだろうけど、鬼の私の所為で客間を閉め切る訳にもいかないし。
杏寿郎と就寝を共にするようになって、私もなるべく屋敷内では杏寿郎と同じ時間を過ごすようになった。
杏寿郎と、と言うよりも人と、同じように。
朝起きて、昼仕事をし、夜眠る。