第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
儚くも一歩踏み出せた気がする、炭治郎とのある日。
でもその足が後退したと思う相手もいる。
「……」
「あの、何か」
「気安く話しかけるな」
「…すみません」
それが柱の最後の一人。
伊黒先生だ。
節分以来、私の顔を見ると苛立つ割合が、蜜璃ちゃんと仲良くしている時と同じ割合になった。
つまり蜜璃ちゃんに接触していようといまいと、伊黒先生の苛立ちは常に私に向いている訳で。
最初は蜜璃ちゃん関係の苛立ちだと思っていた。
でもやがて、それが杏寿郎関係のものだと理解した。
「何故よりにもよって鬼相手に…俺は納得いかない」
こうして吐き捨てるようにぶつぶつと詰(なじ)ってくるからだ。
最初は驚いた。
相手が蜜璃ちゃんならまだしも、男である杏寿郎なのに。
時透くんみたいに、杏寿郎を慕っていて敵意を向けてきているのかな。
でもそんな慕うような仲には見えなかったけど…。
「いいか。例え煉獄が許したとしても、俺はお前を人としては認めていない。どんなに人の真似事をしようと、お前は鬼だ。簡単に人との境界線を越えていい存在じゃない」
まるで私と杏寿郎の繋がりを見透かしたように指摘される。
その言葉は胡蝶と同様真っ当なもので、否定なんてできなかった。
人間扱いを望むけれど、自分が人間だとは思っていない。
簡単に越えていいものだとも、思っていない。
それでも杏寿郎は今の私を欲してくれた。
差し伸べてくれたその手を、離したくはないから。
「私は──」
「鬼の戯言なんぞ聞かない」
「……」
会話をする隙間もない。
まるで出会ったばかりの伊黒先生みたいだ。
「さっさと煉獄を連れて来い。お前に用はない」
元々伊黒先生が炎柱邸を訪れたのは、この屋敷の主に用事があったからだ。
本当のことを言っているだけだから、出迎えた玄関先で頭を下げて身を退く。