第5章 柱《弐》✔
折角、蜜璃ちゃんとお風呂で疲れを癒せたのに。また疲れてしまいそうな目の前の出来事に、意を決して手を伸ばした。
「じ、時間」
「……」
「もう、夜が明ける…から」
握ったのは、冨岡義勇の羽織の袖。
少しだけ引いて、その目をこちらに向ける。
するとすんなりとこちらに向いた目が、やがていつもの感情の読めないものへと変わった。
「…行くぞ」
砂利を踏み、踵を返す。
そのまま背を向け去る冨岡義勇に、草履を取りに行こうと玄関へ向かう前に、やり残したことと向き合う。
「わ…私の名前、は、彩千代蛍!」
呼び掛けたのは、無言で冨岡義勇を睨んでいた伊黒小芭内。
"鬼"という情報しか与えていないと、ずっと雑魚鬼下衆鬼なんて呼ばれそうな気がするから。
それに私だけが彼の名前を知っているのは、条件がつり合っていない。
「だからなんだ。雑魚鬼」
あ、それでも呼ぶんですねハイ…。
いいよ、私だって心の中で蛇男って呼んでやる。
蜜璃ちゃんだって簡単に嫁がせるもんか。
ただ、
「蜜璃ちゃんには、絶対に、手を出さない。から」
それだけは、ちゃんと伝えておかないと。
口の悪い男だけど、好いた相手には正義心が強そうだから。
…人間性は、そこまで悪くはないかもしれない。
「だから、心配しなくて、いい」
「…蛍ちゃん…」
「当然だ。次に甘露寺の裸を見たら、その両目潰してやる」
「い、伊黒さんそんな物騒なことッ♡」
あ。蜜璃ちゃん、きゅんとしてる。
止めようと慌ててるけど、絶対に胸きゅんしてる。
…意外とお似合いなのかな、この二人。
「わかった。見ないようにする」
抗えば本気で潰され兼ねないから、ここは大人しく従うことにした。
…ただしもうお風呂に入らないとは言ってないから。
目を逸して入るようにしよう、うん。
悪いけど、お風呂だけは譲れない。
あんなに気持ちのいいもの初めてだったんだから。