第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
一瞬たりとも目の前の顔から目線を逸らさず、睨み付ける。
ぴんと張り詰める空気に、じっと臆することもなく見返していた天元の切れ目が丸く…丸く?
「…お前、良い女だな」
…は?
「は?」
あ、声に出てしまった。
だって天元が急に奇天烈なことを宣うから。
その場の緊張感に似合わない、しみじみとしたような表情で。
「成程なァ、煉獄の気持ちがわからなくも…はぁ勿体ね。これで鬼だなんてよ」
「…は?」
今度は怒りを含めた声色で問う。
だから何さっきから。
「お前が人間だったら、俺の四人目の嫁にしてやったのに。なァ蛍」
「願い下げだ腐れ果てろ」
誰が一夫多妻制の仲間入りなんてするか。
雛鶴さん達は好きだけど、とりあえずこの男には拳を握って中指だけ突き立てたものを向けた。
これも不死川が前にしてたやつだ。
絶対に今この時使うべきものだと思う。
「相変わらず容赦ねぇなぁ」
言葉とは裏腹に天元の顔は笑っていた。
「それだけ俺には取り繕ってないって考えりゃあ、悪くないけどよ」
「どんだけ前向き──っ!?」
話の合間に、急にそれは起こった。
全く予想していなかった角度からの足払いに、体がぐらりと背後に傾く。
だけど頭も背中もどこも衝撃はなかった。
ふわりと大きな掌に背を受け止められて、仰向けに膝裏がついたのは休憩所の縁側。
「良い女って言った俺の言葉も、取り繕いじゃねぇし」
上から覆い被さるようにして私を支えているのは、天元だった。
その大きな体で、夜空に浮かんでいた月が消える程に。
影が、私の体を隅々まで覆い尽くす。
「そんだけの意志を貫いて愛される男ってのは、さぞ幸せ者だろうよ」
「…間違っても天元には向けない愛だから安心して」
「そいつは残念」
全然残念そうじゃない顔で笑う天元の顔は、からかい癖のある時や爽やかさ残す時のものとは違っていた。
一度だけ見たことがある。
杏寿郎と隠の後藤さんを訪ねた帰り際に、見せてきたあの艶のある笑みだ。
「俺は欲しくなったけどな」
とん、と背中が縁側の廊下につく。
背を支えていた手を私の顔の横について、空いた指先は否定しか吐かない私の唇をなぞった。
「だから俺も誘えよ──蛍」