第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
朝日が入り込まないように締め切っている部屋だから、詳細はわからないけれど…微かな雀の鳴き声がするし、ほんのり肌に感じる気配は夜の静寂じゃない。
もう朝だ。
静かな動作で、杏寿郎の腕の中で体を反転させる。
真正面から杏寿郎と向き合えば、目尻の睫毛が長い大きな瞳がゆっくりと開いた。
「…おはよう、蛍」
「おはよう、杏寿郎」
交わす一日の始まりの挨拶。
それは此処で暮らし始めて何も変わっていないけれど、呼びかける音色は変わった。
普段の杏寿郎からは想像がつかない程、優しく、甘い。
貫くような視線も今は影を潜めて、柔い色を灯している。
「君はいつも起きるのが早いな」
「杏寿郎だって十分早いと思うけど」
「君の寝顔を見ていたいんだが。いつも堪能できずに終わるだろう」
「堪能しなくていいよ…」
そんな恥ずかしい。
ぽそぽそと小さな声で返せば、羞恥が伝わったのか杏寿郎が笑う。
大きな手がさらりと私の髪束を手にして口付ける。
杏寿郎と共に目を覚ます日は、いつもしてくる朝の口付け。
少しくすぐったくて、でも温かい。
代わりに私はいつも起きる前に目の前の胸に顔を埋めて抱き付く。
深く息を吸い込んで感じる、おひさまの匂い。
私にとっての朝日と一緒だ。
「んー…よしっ杏寿郎。朝ご飯、何食べたい?」
「む? 希望のものを作ってくれるのか?」
「材料があればね」
ぱっと顔を胸から離して問えば、杏寿郎の目が輝く。
「そうだな。ではさつまいもの味噌汁と、この間の浅漬けの野菜盛りが美味かった!」
やっぱりさつまいものお味噌汁は入るんだね。うん安定。
さつまいも常備しておいて良かった。
いつもの声の調子を取り戻す杏寿郎に、ついくすくすと笑ってしまう。
寝る前はあんなに色気とか凄かったのに…前髪も元通り、ぴんと上に跳ねてるし。
「浅漬けね。でも前みたいに種類はないから、野菜盛りはできないけど…まだ漬けてた分があったはず」
杏寿郎は蜜璃ちゃんとまではいかないけど十分、大食漢だ。
他のおかずをなんにするか考えながら身を起こす。
寝ている間に乱れてしまった寝巻の襟を合わせ直していれば、不意にぐらりと体が傾いて──…え?
とさりと、背中から敷布団の上に落ちた。