第15章 情炎 あわひ 恋蛍✔
基本、眠気なんてものはない。
意図的に大きく疲労すれば別だけど。
でも普段は目を瞑って寝ることに集中すれば、人並みの睡眠が取れる。
それだけ。
それでも意識を落とせば、頭の中の思考回路が長年生きてきた、"人"としての感覚へと戻ってしまうのか。
自然と再び目覚める起床後、いつも鬼と化した自分の手を見ては軽く絶望に苛まれる。
ああ、これは夢ではなかったんだと。
憎き男達を自らの手で惨殺したことも。
姉さんを自らの牙で喰い殺したことも。
私は、人成らざる者になってしまったんだと思い知らされる。
「──…」
目覚めはいつも静かなものだ。
人の時に感じていた、体が起き出す時の微かな倦怠感も、徐々に頭が冴えていく感覚もない。
目を開けた瞬間から、目の前の世界を情報として取り込み見せてくる。
だから自分の鋭い牙も爪もすぐに感じ取れる。
だけどいつもこの時は、それより勝る感覚に意識が微睡(まどろ)む。
柔く温かな心地良い空間。
聞き耳を立てないと聴こえない程、静かな寝息が耳元をくすぐる。
体を横向きのまま、ゆっくりと頸だけ捻り振り返る。
薄暗い部屋の中。
それでも夜目が利く私の鬼の目は鮮明にそれを映した。
ふわふわとした柔らかな黄金と朱色の長い髪。
いつも上を向いている凛々しい眉毛は、穏やかに下がっていて。
何より心さえ見透かされそうな強い瞳は、今は静かに瞼を下ろしている。
一つの布団の中で後ろから緩く私を抱くようにして寝ているのは、この屋敷の主である杏寿郎。
私の師であり、大切なひと。
「……」
じっと静かにその寝顔を見つめる。
ただそれだけで、胸の中が言いようのない感情で埋め尽くされていく。
鬼であることに絶望する暇もない。
陽だまりの匂いがする目の前の人から与えられるもので、胸がいっぱいになって。
ああ、夢じゃなかったんだ。
そう感じることが──嬉しい。
初めてそう思えるようになった。