第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
「よし! では互いに汗を流したことだし、二度目の湯浴みといこうか!」
「え?」
顔を上げて朗らかに告げる杏寿郎は、いつもの調子で笑う。
かと思えば、蛍の体に脱がせた浴衣を羽織らせると軽々と抱き上げた。
「わ! じ、自分で歩けるよっ」
「構うな! 俺が運ぼう!」
「で、でもっ」
「君にまだ触れていたいんだ! 駄目だろうか?」
「っ」
声の調子はいつものものだが、向けてくる大きな瞳の中には普段は宿していない温かみがある。
(だから、その訊き方は狡いんだって…)
そんな瞳でそんな訊き方をされては、断ろうにも断れない。
押し黙り頸を振る蛍に、満足そうに笑みを深めると杏寿郎は声の大きさとは裏腹に、優しく横抱きのまま運んだ。
「…杏寿郎」
「うん?」
風呂場へと向かう杏寿郎に大人しく体を預けたまま。
ふと抱いた疑問を、問いかける。
「お風呂…一緒に、入るの?」
「嫌か?」
「そ、そうじゃないけど」
「蛍も疲れただろうから、湯浴みくらいは楽にさせてやりたいと思ったんだ。背中は俺が流そう」
「私、鬼だから。体力ならあるよ」
疲労はするが、人とは比べ物にならない速さで回復する。
鬼の体とはそういうものだ。
それは杏寿郎も知っているはずだろうと顔を上げれば、確かにその目は理解しているものだった。
「体だけじゃない。心身共に誠意を尽くしてくれただろう。それに今の君を、俺は鬼として視ていない」
いつもはまとめている髪を下ろした頭に、軽く口付けて。
「俺が労りたいんだ。甘えて欲しい」
優しく囁く声に、愛おしむような眼。
そんな杏寿郎を目の当たりにすると、蛍は再び押し黙ると頷くことしかできなかった。
(なんか既にもう…旦那さま、みたい…)
幾度と男と体を交えたことはあれど、情事後の心身を労りながら愛されたことはない。
じわりと熱くなる頬に両手を当てると、その熱が伝わりませんようにと密かに願った。