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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの



「勿論だ」


 静かに凛と響く声は逞しく、蛍の手を引く。
 彼が大丈夫だと笑えば、どんな不安もなんでもないことのように感じてしまうのだ。

 そんなひとの唯一になれたなら。


「わた、し」


 唇の端が震える。


「杏寿郎の…お嫁さんに、なりたい」


 包む手を握り返して、見上げた愛しい人の姿は、滲む雫でぼやけた。


「今すぐ、じゃなくていい…いつか杏寿郎と、肩を並べて歩みたい…同じ景色を、見て。同じものを、感じて。一緒に、生きていきたい」

「……君は、」


 ほろり、ほろりと。
 目尻の縁に溜まった雫が、横顔を伝い布団に染み込んでいく。
 それを阻止するかのように、空いた手で杏寿郎の指が雫を拾った。


「いつも綺麗な涙を流すものだな」


 稀血に耐えて己の腕を喰らい、涙を溢れさせた時も。
 杏寿郎が好きだと、はにかむ笑顔で頬に涙を伝わせた時も。
 その透明な粒は真珠のように肌を転がるものだから、消してしまうのが勿体無くて。
 だからいつも手を伸ばしてしまうのか。


「約束しよう。必ず、お館様や家族に蛍のことを認めて貰い、迎えに行く。その時は、涙も綺麗だが笑顔を見せてくれると嬉しい」

「…うん…」


 すんと鼻を鳴らす様も、酷く愛おしくて。
 杏寿郎は穏やかな笑みを称えると、恭しく唇を重ね合わせた。


(──嗚呼、)


 全く生き方の違う、他者の心をここまで欲したことはなかった。
 その心を一心に向けられることが、こんなにも喜びに変わるとは。
 共に在りたいと願い願われることが、こんなにも幸福なことだとは。


「俺はこの世で一番の、幸福者だな」


 この場には蛍と二人きりだというのに。
 まるで世界に、祝福されているかのような気になる。


「……」

「どうした?」

「…吃驚、して」


 眉尻を下げて、口元を綻ばせて。
 あまりにその顔が幸福そのもので、見なれぬ表情に緋色の目が興味深く瞬く。


「変なことを言ったか」

「ううん。…私でも、あげられるものがあったんだ、って」

「何を言う」


 まじまじと見上げてくる蛍に、杏寿郎はとんでもないと言いたげに吐息をついて。


「これは蛍にしか、与えられないものだぞ」


 尚深く、笑った。












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