第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
「立てるか?」
「うん。ありがとう」
脱衣所に着いた蛍の体を、そっと床に下ろす。
しっかりとした足腰で立つ蛍に杏寿郎はにこりと笑うと、着流し姿のまま先に風呂場へと足を進めた。
「湯を溜めるまで少し待っていてくれ。体を冷やすといけないから、そこにある上掛けを着て…どうした?」
「お湯を溜めるなら、お風呂場の方が温かいし。私も杏寿郎と待つ」
脱衣所に用意された上掛けには手を出さず、踏み込んだ蛍がそろりと杏寿郎の傍による。
と、そのままぴたりと体を触れ合わせくっついた。
「杏寿郎といる方が温かいし」
羽織ったままの浴衣では、鎖骨や胸元の肌が尚覗く。
そこについ目を向けてしまいそうになるのを阻止しながら、伺った蛍の顔は。
「お風呂の後も、その…一緒に、寝ていい?」
「む?」
羞恥を残す表情で、それでも求めるように。
幾分小さな手が、そっと杏寿郎の手を握る。
「私も、まだ…杏寿郎に、触れていたい」
ぽそぽそと告げる声は儚く、それでも離れないようにと肌で触れ合う。
甘ささえ感じるような響きと姿に、杏寿郎は見開いたような双眸を尚大きくした。
「……」
「…杏寿郎?」
「っうむ! そうだな!」
頸を傾げる蛍に、呑んだ息をはっと吐き出す。
「共に就寝するとしようか!」
「! うん」
はきはきと大声で告げれば、ぱっと花が咲いたように蛍の顔が華やぐ。
そんな変化にさえ、まるで強い酒に当たったかのようにくらりと脳内の理性が揺らぐ。
(これは、いかん)
表立っては笑顔を向けながら、揺らぐ理性を己の中で踏み留めた。
姉の前では甘えたがりだったと言っていた蛍。
果たして今の姿がそれと直結するものなのかわかり兼ねたが、杏寿郎には十分影響のあるものだった。
純粋にただ寝ることを求めた蛍に、これ以上邪な欲を向けてはならない。
そう自身に言い聞かせながら、一回り小さな手を柔く握り返した。
「よしッ!!」
「うわ吃驚し」
「気合いを入れねばな!!!!」
「…………なんで気合い?」
拳を握り喝を入れる杏寿郎の心内など、蛍が知る由もなく。