第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
しかし杏寿郎は違った。
「君が躊躇するならば無理強いはしない。その覚悟ができるまで、いつまででも待とう。…しかし俺も男だ。君を愛するということは、それだけの覚悟を持っているということを忘れないでいて欲しい」
ほんの少し眉を潜めて、苦くも笑みを添えて。
愛おしむように、蛍の頬をそっと撫でる。
「大切だから守りたいんだ。共に歩んでいきたいから、傍にいて欲しい。かけがえのないものだからこそ、未来を築きたい」
蛍が抱えるものの重みはわからないが、大きさは知っている。
だからこそその足が挫けぬようにこの手で支えていきたい。
蛍が鬼であることも、自分が鬼殺隊の柱であることも、その想いに比べれば取るに足らないことだ。
「俺にとって誰かを好きになるというのは、そういうことだ」
静かに慈しむような声の響きに、蛍の緋色の瞳が揺れた。
葛藤は残っている。
不安も消え去った訳ではない。
それでも目の前の猩々緋色を纏う杏寿郎の存在が、それらをほんの少しだけ置き去りにした。
(踏み出さないと、始まりもしない)
そう教えてくれたのは、ツインテールの凛とした瞳を持つ少女だった。
「私…姉さん以外の、誰かの家族になる未来なんて、一度も考えたことがない」
ぽつりぽつりと儚げな声で思いを紡ぐ。
他人と家族としての絆を築く。
そんなものとは縁のない人生だった。
それが虚しいことだと思ったこともない。
蛍の人生からは切り離されていた事柄だっただけだ。
「でも杏寿郎との未来なら、沢山考えるの。本当に、たくさん」
誰かを恋い焦がれるなど初めてだったが、似た思いは知っていた。
柚霧として小さな窓から、外の景色に手を伸ばしていた頃のように。
焦がれてやまない直心。
「私もそこに、杏寿郎と同じ未来を、見てもいいかな…」
手を伸ばす。
昔はどんなに窓の外に伸ばしても、掴めはしなかった。
澄み切るような空も、輝く太陽も、その陽の下を笑顔で歩む人々の姿も。
「ああ」
その手に初めて、触れることができたもの。
指を絡め握り返してくる大きな手は、蛍の心に触れるように優しく包み込んだ。