第3章 浮世にふたり
「ああもう」
痺れを切らした神崎アオイが、苛立たしげに響いた時。
「待て」
軋む扉の音と共に聞こえたのは、静かな男の声だった。
「俺が代わる」
「えっ…!?」
神崎アオイの気配が変わる。
緊張した気配だ。
ギィイイ
藤の扉が閉まる音。
包帯で視界の遮られた目の前に、いつかに感じた気配を察して体が退いた。
知っている。
この人は、私が鬼に成って最初に出会った鬼殺隊だ。
「胡蝶の所に戻っていろ。包帯は届ける」
「ですが…!」
「……」
「っ」
気の強い神崎アオイの声が止まる。
鬼殺隊のことはほとんど聞かされていないから知らないけれど、これだけはわかる。
この男は神崎アオイより階級が上だ。
その証拠に、口答えもせず彼女はやがて身を退いた。
「動くな」
多くを語らないその声には、重圧がある。
下手に動けば斬られるという恐怖が肌で伝わって、息を呑み身を竦(すく)めた。
目元に巻かれていた包帯が、男の手により外される。
髪の毛が凝固した血で絡み付いていたところは、引き千切られるかと思ったけれど痛みを伴わなかった。
目元から消える圧迫感に、再生した瞼をゆっくりと開く。
最初はぼんやりと目の前に人影が見えて、やがてそれが鮮明に映し出された。
「見えるか」
見下ろす目に感情は見えない。
黒い癖のある長髪を後ろで一つに結んだ、左右違った柄の羽織を着た男──冨岡 義勇(とみおか ぎゆう)。
頷いて示せば、整った顔立ちは返答もなく布団に座り込んだままの私を見下ろし続けた。
じっと感情の見えない目で見られるのは息が詰まる。
この男だから尚更だ。
だってこの男は…私を、この鬼殺隊総本部へ連れて来た張本人だから。