第3章 浮世にふたり
この世には、人の形を成した生き物が二種類いる。
ひとつは人間。
その名の通り、"人"と名乗ることができる生き物だ。
凡そこの地球上で生きている人は、それらでありその名で示されるべき存在。
もうひとつは鬼。
人に比べ数は劣るものの、強靭な肉体と異様な再生能力を持ち、並みの人間相手では頸(くび)を切られても死なない。
人を捕食することで何百年と生き永らえる。
"鬼の始祖"の血を人が分け与えられることで鬼と成る。
鬼も元は全て人だった。
それでも鬼に成ると、人の血肉を喰らう存在と成り果ててしまう。
だから人は鬼を滅する為の組織を作った。
此処がその組織〝鬼殺隊(きさつたい)〟の総本部。
「──替えの水です」
テキパキとした声が、暗い通路に響く。
頭にこびり付いているのは胡蝶しのぶの顔だけど、一番この檻に姿を見せるのは彼女だ。
胡蝶しのぶが身に付けている蝶の髪飾りに似たものを、左右の髪の高い位置に飾っている少女。
名前は確か…神崎(かんざき)アオイ。
そう胡蝶しのぶが呼んでいた。
私の身の周りのものの世話をする。
汚れた包帯を持ち帰ったり、手を付けていない水を取り替えたり、檻の外に待機している鴉に餌を与えたり。
私の世話ではなく、私の周りの世話だ。
恐らく胡蝶しのぶの弟子なんだろう。
此処は鬼殺隊総本部。
そして私が居る場所は、その敷地内の何処かの地下牢だ。
鬼である私に近寄らせるなら、隊士以外は寄越さないだろうから。
「その包帯も洗うので解いて下さい。もう見えているんでしょう?」
この少女からも不快の色が伝わってくる。
胡蝶しのぶ程ではないけれど、芋虫姿に成り果てていた私を見ても同情の色は一切ない。
鬼を滅する為の組織に入り死と隣り合わせで戦うことを覚悟した程だから、その感情が自然だと思う。
きっとこの組織には、鬼を根本から憎んでいる者が多い。
胡蝶しのぶもそうだ。
「早く」
「…っ」
檻の外から急かされるまま、完治していない手でどうにか目元に巻かれた包帯を解きにかかる。
体を極限まで毒漬けにされた所為で、いつもより体の治りが遅い。
手の甲までしか再生していない掌じゃ、細かい作業は難しい。
更に乾いた血が包帯と髪に張り付いて、中々剥がれなかった。